作画の時間、演出の時間、絶望の時間――山下清悟・平川哲生の対談

(2010年10月16日、荻窪某所にて)

平川 僕は専門学校へ行ってないし、アニメーターがどうやって作画してるか、動きをつくってるか、最初はぜんぜんわからなかった。アニメ業界に入ってから「原画のパターン」とか「動画のパターン」を教えてもらった。走りの原画はこう描いて、こうやって動画を入れる、みたいな。

山下 絵のポーズでおぼえちゃえば簡単ですからね。

平川 いわゆるweb系の人たちは、その原画のパターンで作画しないから面白いと思った。

山下 ここで言うweb系は、りょーちも・沓名健一・山下清悟くらいのことですけど、実写映像を見て「こんな動き方なのか」とか「この軌道をとるのか」なんて観察して、絵として再構成していく作画が多かったです。原画のパターンを外れることがweb系の特徴のひとつかもしれません。

平川 Adobe Flashとかを使って作画して、すぐに動きをプレビューするのが大きい?

山下 プレビューは大きいです。原画のパターンみたいな、絵から入るアニメーターは、時間の感覚を身につけるのかかなり後になると思うんですけど。

平川 うん、僕はそうだった。

山下 デジタルのプレビューはどんなにラフな絵でも一応動くから、時間感覚を身につけるのが先なんです。かなり早い段階で、時間内にどういう動きを配置するかに頭を使う。作画をプレビューからはじめる共通点があるから、web系の原画は、動きの種類や質が似てると思います。

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吉成曜、馬越嘉彦、大張正己

平川 web系以外のアニメーターで時間感覚と言うと誰になるんだろう。

山下 松本憲生さん、うつのみやさとるさん。この二人は時間への執着が強いと思います。吉成曜さん、馬越嘉彦さんとかは、かっこいいポーズでためる作画で、これはもっと言えば、キャラクターを見せたい作画ですよね。

平川 かっこいいポーズの後ヅメで動きをつなぐ大張正己さんもそうか。

山下 うつのみやさとるさんは、かっこ悪いポーズであろうが、実際の人間がそこで動きをためるなら作画でもためる。キャラクターに執着するよりは、時間に執着する。商業アニメではキャラクターを見せたい絵コンテが圧倒的に多いので、時間に執着するアニメーターは絵コンテの内容を変えてしまう傾向があると思います。

平川 声優さんの演技が早かったり遅かったりして、タイムシートに書いた口パクのタイミングをずらすことがよくあるんだけど、時間に執着した作画はカットの頭から尻まで時間が決めこまれているから、うかつにタイムシートをいじれない。処理演出泣かせの作画ではある(笑)。中割りを入れて動きを構成する一般的な原画の方が、タイムシートは直しやすい。

山下 松本憲生さん、うつのみやさとるさんの作画は「なにを見せたいか」という意味で演出なんですよ。キャラクターではなく、時間を見せる演出。

平川 この二人といっしょに仕事をした処理演出さんにも話を聞いてみたいね(笑)。

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1秒24コマのタイムシート。Aセルが3コマ打ち、Bセルが2コマ打ち、Cセルが1コマ打ち。

山下 『灰羽連盟』第8話を見ましょう。この子供たちの動きは、3コマ全原画です。手前のフレーム・アウトする男の子の足が、どういうステップを踏んでるかわからないんですよね。足の軌道が見えない。

平川 ふつうの原画みたいに、足が接地して、かかとが上って、離れる、という順序を追ってない。分析的には描いてないね。

山下 実写映像の時間軸をコマ落しで見たときに、そこにされているであろうポーズを3コマごとに原画にする、という描き方。

平川 これがいわゆるタイムライン系ってやつか。たとえばディズニー作画は、なめらかな絵のつながりはあるけど、時間は見えてこない、と。

山下 ほかにも金田系とか、今石洋之さんの作画は、かっこいいポーズやフォルムで止めるためのコマ落しで、時間感覚ではないです。

平川 ざっと分類してみると、今石洋之さんの3コマ全原画は、かっこいいポーズやフォルムで止めるためのコマ落し作画。磯光雄さんの3コマ全原画は、スケジュールの許す範囲で原画の密度を高めて動きをコントロールする作画。松本憲生さんの3コマ全原画は、実写映像のコマ落しを再現する作画。

山下 松本憲生さんもキャラクターを見せたり、かっこいいポーズでためる作画もしますから、あくまでそういう傾向がある、という話ですが。

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『灰羽連盟』第8話、松本憲生原画パート

山下 次は『るろうに剣心 追憶編』第2話と第4話を見ましょうか。これはカットをまたいでも、どんなカットの種類でも、3コマ作画で描いてます。

平川 このカット、井上俊之さんだったらどう描くか、すぐに予想できるね(笑)。

山下 できますね(笑)。

平川 2コマで、もっと分析的に描く。

山下 松本憲生さんはコマを落した状態でリアルに見えるように時間に執着する。これは磯光雄さんにも、うつのみやさとるさんにもできない、極北なんです。でも、ふつうの人にこの作画を見せたら、カクカクしてるとか、なめらかに動いてないとか言われるかもしれません。

平川 ふつうは3コマ作画だと遅く見えちゃうのに、ちゃんとスピード感があるのはすごいなぁ。

山下 いまは無音で見てますけど、これに音がつくと「こういうふうに動いてるんだろうな」と勝手に脳が補完して、リアルに見えるんですよ。

平川 動きの中にない、つばぜり合いの音とか、走りの接地音とかね。

山下 3コマ作画が音によって、頭の中で1コマで再生されたときに、アニメがいちばんリアルに近づくと僕は思うんです。

平川 それは面白い意見だ。

山下 これを言うと叩かれるのは覚悟の上ですが、作画ファンに「井上俊之の動きが絶対ではない」と伝えていきたいです。

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『るろうに剣心 追憶編』第2話、松本憲生原画パート

平川 けっこうBGMとかSEがいいと、作画がよく見えたりはするよね。

山下 重い音がつくと動きも重く見えたりします。アニメは音が8割ですよ。僕はいままでの自分の仕事で、音に満足したことがないんです。どうしてあんなにキィーンと高い音がつくんですかね。

平川 僕もボコッとくぐもった音がほしくてもカキーンと高い音になったりはしたなぁ。ダビングのときに効果さんの用意した音がぜんぜん意図とちがうことはよくある。映画用の音響設備だと低い音は出るけど、家庭用テレビだと出ないから、安全策として高い音をつけるのかも。

山下 僕はもっと派手だったり、低くて重たいSEをつけてほしいです。その点で『借りぐらしのアリエッティ』はSEがよかった。

平川 あと、作画は色指定が重要だよね。アフレコのときに線画だけの映像を見るけど、ぜんぜん動いて見えない。色の移動幅で動きを感じる。

山下 やっぱり色が8割ですよ

平川 あれ、音が8割って言ってたじゃん(笑)。

山下 いや、アニメのうち音が8割、作画は1割で、あとは美術とか撮影とか。その作画のうち色が8割で、最終的に線画は0.2パーセントくらいの重要さです。

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『るろうに剣心 追憶編』第4話、松本憲生原画パート

山下 平川さんがもし監督する場合に、3コマしか使わない作品ってできますか?

平川 むずかしいね。カットによっては1コマ、2コマが使いたくなると思う。

山下 極端に言えば、僕や沓名さんはそれがやりたいんですよ。とくに沓名さんはそういう感性にとりつかれてる。でも最近の松本憲生さんは「もう3コマはだめ、止まって見える」とか「沓名くんにも早く3コマの限界を知ってもらいたい」なんて言ってましたけど。

平川 ごく平凡なアニメーターの僕から言わせると、かなりイッちゃってる世界の話だ(笑)。

山下 商業アニメはまず絵がちゃんとあって、そのイメージを持続したまま、あとはテキトーに動かしてくれればいい、というものじゃないですか。僕や沓名さんは、絵はぜんぜん人間に見えないのに、動いたときにこの上なく人間に見えるというのが楽しいと思ってしまうんです。それが商業アニメと相容れないところかもしれません。

平川 僕はそもそも、動きを要求する絵コンテを描かないからなぁ。つい失敗した場合のリスク計算をしちゃって。

山下 アニメーターから演出になった人は、けっこうそう言いますね。平川さんがジブリで監督やることになったら絵コンテの描き方を変えますか?

平川 あらかじめ作画のスタッフがわかっていれば、絵コンテは変えると思う。もし松本憲生さんが全カットやってくれるなら絵コンテもそれに合わせる。なにをどう作画したいか相談するだろうし。

山下 松本さんの全カット原画なら最高ですね。絵コンテを描く楽しさがハンパない。作画のイメージがむずかしいカットもつくれるし。

平川 諸星大二郎の『諸怪志異(一) 異界録』という漫画で、人体がひっくり返るところがあってね。口から開いて、どんどんめくれていって、最後には全身が裏返ってしまう。どういう動きになるのかイメージしづらいんだけど、面白くて。

山下 松本憲生さんならその動きも完璧に描いてくれますよ。そういうイマジネーションの広がりは作画の面白いところですよね。『宇宙ショーへようこそ』の絵コンテに、怪物の口から炎が水のようにしたたると書いてあって、まあ、液体だから3Dで演算はできるんですけど、液体と炎の複合というイメージが面白かったです。

平川 スケジュールがあれば、ピクサーみたいに、絵コンテをスタッフみんなで全体会議をしてつくってみたい。拡大コピーした絵コンテのラフを壁にはりつけて、担当の人と相談したり、アイデアをもらったりして。

山下 それは『鉄腕バーディー DECODE』でやりました。楽しいですけど、意外にまとまらない(笑)。

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諸星大二郎『諸怪志異(一) 異界録

平川 世紀末オカルト学院』の伊藤智彦監督の絵コンテは面白いと思った。カットを割って割ってシーンをつくる。もう少し尺を使えば動きが気持ちよくなるなぁと思う直前で、カットを割ってしまう。こういう絵コンテにすれば、アニメーター主導じゃなくて演出主導の作品になると思った。

山下 スケジュールの都合を考えると理解はできますけど、僕からするとうれしくない絵コンテですね。

平川 絵が動く快楽はないけど、物語は効率よく伝えられるし、処理演出がコントロールしやすい。このスタイルをもっと徹底させると新房昭之さんみたいになるかな。

山下 アニメーター主導にしない、作画に重きを置かない演出家は、実写をやりたいとは思わないんですかね。アニメーションである意味がないというか。

平川 実写に興味のある人はいるとは思う。僕は実写の演出をやらないかと言われても、やらないですね。興味ゼロ。

山下 おお、それはいいじゃないですか。そう言ってほしいもんですよ。

平川 原恵一さんは実写をやらないかと言われたら心が動くかも(この対談の3年後に原監督は実写『はじまりのみち』を撮った)。細田守さんはたぶん興味ないと思う。実写とアニメは同じ「演出」という言葉でもつくり方がまったく別物だから、正直よくわからないし、僕の興味はやっぱりゼロです(と言ったが、この5年後に平川も実写を監督することになった)。ヤマさんは絵コンテとか処理演出とか興味ない?

山下 長尺のコントロールは興味がないんですよね。自分で短編アニメをつくるとしても5分が限界。短いシーンの絵コンテは書いてみたいですが。

平川 シナリオを読むと、意味のつながりの時間があるじゃない? 説明の10分、アクションの5分、情景を映す5分があって、また説明の10分、とか。よくできたハリウッド映画は20分から30分ごとにエピソードが連なっている、とか。

山下 それを考えて楽しいですか?

平川 うん、絵コンテは面白い。

山下 平川さんは演出論を書いてたから、もともとそうだとは思うんですけど、僕は商業アニメで一本コンテを描くことはないかも。

平川 絵コンテもやってみたら面白いと思うけどなぁ。ヤマさんが処理演出をやればタイムシート全体をいじれるから、全カットを3コマべた打ち作画にできるよ。

山下 まあ、「破綻」でしょうね(笑)。

平川 今回はカクカクしてるぞ、なんて言われるか(笑)。

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『世紀末オカルト学院』第10話、平川が絵コンテ・演出を担当。

山下 平川さんは作画してて楽しいですか?

平川 いや、ぜんぜん(笑)。絵コンテを描いてるときがいちばんテンションが上がる。

山下 それも特殊ですよ(笑)。

平川 僕は最初から演出を目指していて、絵が描けたほうが有利だろうと思ってアニメーターになったところはある。制作進行はきつそうだから、なりたくなかった。作画も嫌いじゃないけど。

山下 やっぱりなにをやって快感が得られるか、でしょうね。僕は、この2フレームあとに髪がこうなびく、風を感じる、とそれだけで興奮します。けっこうキャラクターにも思い入れがあって、このキャラクターだから、この感情だから、このシチュエーションだからこの動き、というのが好きですね。その点では僕は商業アニメには向いてると思う。

平川 それはいいね。田辺修さんっぽい方向だ。

山下 平川さんは次の監督作品は決まってないんですか?

平川 テレビシリーズの監督オファーはあるけど断ってる。僕はまだ絵コンテを5本くらいしか描いてないし、できるわけないじゃん、と(笑)。いまは、きちんとキャリアを積みたい。

山下 なんか、テレビシリーズの監督は「貧乏くじ」って感じがヒシヒシとしますもんね。

平川 『○○○』の監督オファーは断ったんだけど、さすがにファミリー向けの『川の光』のあとにBLモノはきついと思った……。先方から「若い監督がいい」と言われたけど、要するに「言うことを聞くやつがほしい」って意味だろうし。

山下 それは怖いなぁ。

平川 作画的な時間への執着じゃなくて、演出的な時間の執着もある。僕は処理演出をやりはじめてから、タイムシートのつけ方が変わった。作品全体のタイムシートを管理すると、作品内の時間の流れ方を変えることができる。『世紀末オカルト学院』だと、僕が絵コンテ・演出をやった第10話だけ時間の流れ方がちがっていて、この点では達成感があった。

山下 アニメーターの書いたタイムシートをぜんぶ変えるんですか?

平川 うん、ぜんぶ変えた。たとえばカット頭、扉が開く前に18コマあける、とか。これのわかりやすい例が宮崎駿さんで、『となりのトトロ』で言うと、まず縁側を映して、18コマあけた後に二人がフレーム・インする。その18コマの間は、二人が移動してくることを想像させる間になる。こういうタイムシート管理を徹底すると、作品内に流れる時間をコントロールできるし、作品内に流れる時間に対して誠実になれると思う。

山下 それ、アクションだとだるくなりませんか?

平川 うん、基本的には日常芝居のシーンでやるタイムシート管理だね。ほかにも会話の間も重要で、『世紀末オカルト学院』第10話は、先にセリフシートもぜんぶ書いた。ヤマさんはセリフのタイミングをあらかじめ決められるのはどう?

山下 セリフのタイミングは決めておいてもらってもかまわないですよ。描いた動きを削られるよりはずっとマシ。

平川 都留稔幸さんが先にセリフシートを書くと聞いて、それはいいなと思ってマネしたんだ。セリフの入る間でも、だいぶ時間感覚が変わるから。アニメーターの書くセリフのタイミングはだいたい早すぎるし。

山下 若林厚史さんに「セリフは想像の三倍の尺をとれ」と言われました。

平川 ほかにも歩き芝居で接地のSEのタイミングをカットをまたいでも持続させたりはする。

山下 アニメーターはカットをまたいでもタイミングを持続させようとしますよね。中村豊さんはかなりカットをまたいでタイミングを持続させますし、松本憲生さんもできるだけワンカットになるようにする。僕もそうします。某アクションアニメーターはカッティングの編集会場に行って「このカットは尺を切らないでくれ」と言うらしいですよ(笑)。

平川 それはすごい、というか困る(笑)。だいたいカッティング作業は、編集さんがカットの尺を切るためのものだからね。

山下 アクションはカット頭とカット尻を切られるのがつらいです。平川さんは、カッティングには口を出さないですか?

平川 僕はアニメーターの感覚もわかるから「このカットは切らないでくれ」と言うときはあるけど、あんまりアクションをやらないから口を出すことも少ないかなぁ。ほかにも、編集で2秒のカットの尻を6コマ切って、1秒18コマになった場合、カット尻の原画のタイムシートをずらして、動きを最後まで生かしたりはする。尺は切られたけど、動きは切らない、みたいな。

山下 編集のことを信用してるってアニメーターもいるじゃないですか。プロだからよくしてくれるだろう、と。

平川 まあ、編集さん独自のテクニックもあるしね。あと、切りたくて切ってるわけじゃなくて、全体の尺がオーバーしてる場合は説明のセリフは切れないからアクションを切るしかない、という判断になったりもする。編集さんの中には切りたがる人もいるらしいけど(笑)。

山下 ほんとうに萌えられるアニメは一本つくっておいてほしいんですよ。時代的に。アニメーター視点で、ちゃんと芝居でかわいいと思える萌える作品を。『けいおん!』でもまだ足りない。平川さんも女の子がかわいいと思う瞬間はありますよね?

平川 もちろんあるよ。ケーキを食べて、おいしいということを表情じゃなくて足をパタパタして表現する仕草とか。

山下 それですよ。この芝居したらかわいいな、とか、こういうしぐさをしたらかわいいな、とか、それをどうしてアニメに落とし込んでいかないのか、と。需要と供給が一致するのに、どうして芝居で萌えられるアニメをつくらないのか、と。いちばん受けると思うんですけど。

平川 ケーキを食べて足パタパタは『川の光』でやったんだよね、ねずみで(笑)。

山下 ねずみじゃ受けない(笑)。

平川 芝居でかわいい作品で言うと『アンネの日記』の新しい服を着てくるりと回転する芝居がかわいくて好きだった。あとは『ユンカース・カム・ヒア』とか?

山下 その二作品とも、もっとキャラクター・デザインをかわいくする必要があります。なんでアニメーターはキャラクター・デザインをかわいくしたがらないんですかね。沖浦啓之さんもそうだし。『けいおん!』は描くのも楽だし、デザインのかわいさと芝居のかわいさを両立できる、けっこういいラインだと思います。

平川 アニメーター視点の芝居で萌える作品は、本当に受けるのかなぁ。顔を止め絵にしてほしい、なんて言われそう。動いてほしいのは、乳がゆれてほしいとか、スカートがなびいてほしい、くらいだったりして。

山下 なんで止まっててほしいんだろう。わからない……本当に……。そういう意味では『電脳コイル』が残念だったんですよ。芝居のフェチズムを感じなかった。あのスタッフならもっとやれたのに。

平川 電脳コイル』の絵コンテは、それを求めてなかったような気がする。

山下 磯光雄さんは作画だとフェチズムを追求するのに、監督になると変わっちゃうのか……。

平川 監督は細部よりも全体のことを気にする仕事だからねぇ。

山下 萌えは単独で取り出しちゃいけないとずっと思ってたんです。気持いい感情だけじゃなくて、気持悪い感情も入れる必要がある。『けいおん!』のキャラクターが、もっとムカつく要素もあり、かわいい要素もあって、複雑な感情が視聴者に生まれるような作品ならよかったのに。

平川 僕は『けいおん!』のキャラクターを見てムカついたけど。

山下 それを作品内で言及しなくちゃだめなんです。あいつはムカつく、うざい、と作品内で言わせるような。ケンカとか、軋轢を見せてほしい。

平川 第一期の『けいおん!』の暗い話が不評だったから、第二期は明るい話ばかりにしたのかもね。僕はあんまり見てないから詳しくは言えないんだけど。

山下 アニメーターの監督したアニメは、そういう不愉快な感情を出す作品が多いと思いますね。なかむらたかし監督『パルムの樹』は気持いい感情だけで構成しようとしてなくて、嫌な感情も表現しようとしてます。米林宏昌監督『借りぐらしのアリエッティ』もそうだと思います。アリエッティのあんな家庭じゃ、子供は絶対にうまく育たないぞ、という(笑)。

平川 そうだね(笑)。

山下 最初に猫に手を振ってるアリエッティは、制作者たちがつくりたかった理想像だけど、やっぱりそれは無理があって、中盤から後半にかけてはどんどん伏目がちな悩む少女になっていく(笑)。監督になったアニメーターはうっぷんがたまってるんじゃないですかね。

平川 僕は『川の光』は明るくつくっちゃったなぁ。根っからのアニメーターじゃないからかな。

山下 アニメ制作が分業であることを活かせる作品ってないんですかね。シナリオ的な意味で。いまの制作スタイルの理想形は、監督がひとりで絵コンテ演出原画をすべてやることじゃないですか。多人数でつくることが利点になるアニメはないのかと。企画段階から、絵が変わってもいい、ということが盛りこめるアニメ。たとえば『創聖のアクエリオン』第19話がそうだったんですけど。

平川 ああ、夢の世界という特殊な回の特殊な作画というやつね。

山下 ただ、あれでも叩かれてましたけど。作品内で絵柄の変わることが視聴者的には受け入れがたい、ということを如実に物語るエピソードですよね。絵柄の変わる理由をあんなにちゃんと、0から10まで説明してるのに。

平川 もう絶望だよね。

山下 絶望的。

平川 でも、シナリオからそれを仕込むのはむずかしい。やりがいはあると思うけど。

山下 企画をアニメーターが出せば可能ですよ。

平川 どうだろう、その企画は通るかなぁ。

12

『創聖のアクエリオン』第2話、うつのみやさとる原画パート

平川 作画のことはよく語られるけど撮影処理はどう? つけPANとかフォロー速度とか。

山下 こだわりはありますよ。でも、自分でAdobe Flash上でフレームを指示をすべてつくってから出すしかない。冷静に考えると、撮影さんが使うAdobe After Effectsにフレーム移動の幅をインポートする手段がないから、複雑なやつはひとつひとつ手で合わせることになる。だからPANとかの複雑な処理は無視されるし、ざっくりと「手ブレ風にしてください」なんて書くしかないんですよね。

平川 撮影でフィルターをかけられると、エフェクト原画のフォルムがぼけぼけになってきついよね。

山下 エフェクトはもうあきらめてますよ。「ぼかさないでください」と書いてもぼかされる。

平川 前に、原画ではすごくいいエフェクトだったのに、完成映像はぼけぼけになってて、これなら作画しなくてよかったじゃん、と思ったことがあったなぁ。

山下 ぼかすにしてもエフェクトのレイヤーを複製してちゃんと下に敷いてくれる撮影さんと、複製しないで直接ぼかす人がいますね。ふつうはぼかさないように教わるはずなのに、ぼかしちゃう。エフェクトは不遇ですよ(笑)。

平川 不遇の時代(笑)。

山下 吉成曜さんのエフェクトみたいに、絵で見て大丈夫と思われる原画は、ぼかされる可能性は低くなります。ガイナックスのお家芸の「タタキ」も吉成さんには入らない。つまり線の密度が高ければ撮影さんに許される、という。ちょっと絵的に危ないかもと思われたら、撮影でエフェクトが見えなくされます。

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『NARUTO 疾風伝』第387話、山下清悟原画パート

山下 『NARUTO 疾風伝』第387話は、Adobe Flashを使って自分で動画と仕上げをやったんです。全体の動画枚数は一万数千枚だったんですが、そのうち5500枚くらいをひとりで描きました。もう中割りの点は打てない、自分で描くしかないという極限状態はプレッシャーだったし、じっさいかなり大変でした。

平川 へー、アニメ1.5本分の動画枚数をひとりで原画動画仕上げまでやるのはすごいね。それくらいしないと、あんな動きにはならないか。

山下 僕は、作画ファンの人たちに、アニメーターは大変な思いをしてるともっと知ってほしいんですよ。漠然と大変なイメージはあるんですけど「地に足の着いた絶望感」を伝えたい。

平川 地に足の着いた絶望感(笑)。

山下 ひどい原画がたくさん来てしまって、同じような動きを延々描きつづけるはめになった作画監督の絶望感とかですよ。『○○○』の作画監督の話を聞いて、いたたまれなくなりました。

平川 そういえば動画を海外出しする某社へ遊びに行ったとき、ちらっとカット袋を見たんだけど、作画監督の泣き言がいっぱい書いてあってさ。

山下 泣き言が修正用紙に?

平川 うん、黄色い紙の修正した絵の横に「泣きたい」とか「もう手が痛い」とか「この原画マン、死ねばいいのに」とかいっぱい書いてあった(笑)。

山下 本当に、地に足の着いた絶望感だ(笑)。

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