小説:手紙

高校のころ、何も書かれていない手紙をもらったことがある。

それは便せんに入っていて、私の下駄箱に投函されていたから住所や宛名を書く必要はないが、中身もまっしろだったのはおどろいた。とうぜん差出人も書かれてなかった。

もしこれが友人らのしわざで、共謀して私をかつぐ気なら、女性に代筆させたラブレターを投函しただろう。まわりをキョロキョロしながら「今日はひとりで帰る」などと言う私を物陰から笑うほうがイタズラとしては高度だと思う。

だから、おそらく友人らじゃない誰かが何かのためにこんな手紙をよこしたか、または単なる手違いだ。

しばらく気になって、家で手紙をながめていた。あらためて本紙を開いてもやはり何も書いてない。あぶり出しかと思ってコンロにかけてみても、結果は同じだった。

数日後、本紙の消しゴムの跡に気づいた。きれいに隠されてはいるが、注意深く見てみると全体にわたってうっすら筆跡が残っている。特に冒頭は何度も何度も書き直したようで、その部分だけ退色して、もともとある横罫がかすれてしまっていた。

この消した跡と横罫のかすれは、何もない手紙に意志のあることを想像させるには十分だった。しかし判ったことは結局それだけで、月がかわるころにはすっかり手紙のことは忘れていた。

それから少し経って、バイト先で知り合った彼女と、つき合っているのにも関わらずラブレターを出し合おうという話になった。ふだん言ったり思ったりしてることを文字にして相手に読ませることで、また新鮮な気持ちになろうという企画だった(と思う)。

ところが、新鮮な気持ちになるどころか、ひと文字も書けなかった。言葉は次々とあふれてくるのだが、書きとめる次から段のずれた編み物をしている気分になった。何度も書いては消して書いては消した。

そのとき、ふと思った。このまま何も書かずに手紙を出してしまったら。彼女は消しゴムの跡でよごれてしまった手紙を見て、どう思うんだろう。できそこないの言葉で綴った手紙より、よっぽど正直な私の言葉を受け止めてもらえるだろうか。言葉にならない言葉を読んでもらえるだろうか。

高校のころ、何も書いてない手紙を出したことがある。

それは便せんに入っていて、手渡ししたから住所や宛名を書く必要はないが、中身もまっしろだったのはきっとおどろいただろう。とうぜん差出人も書いてなかった……

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