映画『喜劇 とんかつ一代』を見る

川島雄三監督の『喜劇 とんかつ一代』は、横長のシネスコの画面に柱などを何本か縦に入れると、まるで包丁を入れたとんかつに見えるねぇ……というようなシュールな脱力ギャグをいっぱい散りばめて、強引に面白がらせてくる凶暴な映画。参りました。面白い。

物語はあってなきがごとく、タイトルのとんかつがおいしそうに食べられるシーンもない。情緒的なシーンはそれっぽい音楽をかけてさっさと片づけ、残った時間をひたすら破壊的シュールとバカ騒ぎで埋めていく。

この映画から得られる教訓はひとつ、設定と物語がどんなにあんぽんたんでも、それを無視して破壊的シュールとバカ騒ぎに徹底すれば充分に面白くなる、というものである。とんでもない教訓だが、アニメ業界にいるわたしにとっては他人事ではない。

まっとうな感性を持つ人にとって、いまのテレビアニメの大半は鑑賞に堪えないだろう。狂ってる設定。頭の悪そうな物語。きちんと演出すればするほど、その誠実さが裏目に出てしまうひどい状況。そんななか、この教訓はとても有意義だ。粗の目立つ設定と脚本をとことん無視できるのだから、ある意味、究極の演出法と言えるかもしれない。

実は、すでにこの演出法を実践したアニメがある。テレビ版の旧シリーズ『HAPPY☆LESSON』の3、7、11話だ。演出家の名前は中村憲由。川島雄三よろしく破壊的シュールとバカ騒ぎでたたみ掛け、萌えアニメ特有のあんまりな設定や物語にツッコミを入れるスキを与えない。見終わった後、ほどよく良心的につくられている萌えアニメでさえしょせんは茶番劇にすぎないと気づかされ、ただ「圧倒的に正しい」とつぶやくことしか許されない傑作である。

萌えアニメの、いや、テレビアニメの生き残る道は『喜劇 とんかつ一代』にあり。中村憲由はそう高らかに宣言している。……かもしれない。

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