恩返し

少し前のことですがね。山道を歩いていると、鶴が傷を負ってもがいてまして、まあ放っておくのもナンなんで、ささっと軽く手当てしてやって、山に帰してやりました。

その晩遅く、そろそろ布団に入って寝ようかという時分に、とんとん、とんとん、戸をたたく音がする。「はて」と思って戸を開けると、驚きましたよ、すこぶる器量のよろしい色白の女性が立っていて、一宿一飯あずかりたい、なんて頼むのです。

こちらのあずかり知らぬわけもありましょうから、その女性を泊めてやることにしました。すると、お礼に織物をしたい、あちらの部屋を貸していただけますか、と女性。部屋を貸してやることになったのです。

部屋のふすまを閉める前に、妙な表情で女性は言います。わたしが機を織っているとき、決してふすまを開けてはならない。約束しよう、と私はこたえました。

私がふとんで横になっていると、あちらの部屋から、ことこと、引っ切りなしに音が聴こえてきます。覗いてはならない、などと言われると、覗きたくなるのが人情というもの。少しだけ、と自分に言い聞かせて、ふすまを滑らせました。

そしたら、どうでしょう。さっきまでいたはずの女性がいません。女性だけではなくて、部屋にあったタンスから、掛け軸から、すっかり何もなくなっている。私はため息まじりに言います。

「あの女、鶴ではなくて、サギだった」

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