葛飾北斎その1 (1/2)

飯島虚心『葛飾北斎伝』と荒井勉『新訳・北斎伝』を読んだ。この二冊はたとえるならイザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』と浅見定雄『にせユダヤ人と日本人』である(ここでニヤリとしたあなたはけっこうなお年のはず)。

葛飾北斎伝』は著者の飯島虚心が明治の人なので、平安古語よりは読みやすいものの、わかりにくい記述も多く、かなり強引に読み進めていった。以下、印象深かったところを引用する。

 一説に北斎馬琴が家の食客たりし時、二人の交情(すこぶる)親密なりしが、北斎の見識は、(はるか)に馬琴の上に出たるが如し。(かつて)北斎が母の年回に、馬琴其の困窮を察し、香奠(こうでん)許干金(そこばくきん)を紙に包みて与へたり。其の夕、北斎帰り来たりて、談笑の間、(たもと)より紙を出だし、鼻をかみて投げ出だしけるを、馬琴見て(おおい)(いきどお)りて曰く、これはこれ今朝与えし、香奠(こうでん)包の紙にあらずや、此の中にありし金円は、かならず仏事に(きょう)せずして、他に消費せしならん。不孝の奴めと罵りければ、北斎笑て曰く、「君の言のごとく、賜ふ所の金は、我れこれを口中にせり。かの精進物を仏前に(きょう)し、僧侶を雇ひ、読経せしむるが如きは、これ世俗の虚礼(きょれい)なり。しかず父母の遺体、(すなわち)我が一身を養はんには。一身を養ひ、百歳の寿を(たも)つは、是れ父母の孝なるにあらずや」と。馬琴黙然(もくねん)したりと。

(一部ルビはこちらでつけました)

以上を現代語で要約すると、北斎は馬琴からもらった香典で飯を食い「これこそ親孝行である」と言った、というお話。面白いエピソードだが過剰にらしすぎるのが気になった。マリー・アントワネットの「パンがなければケーキをお食べ」のような脚色を感じる。この部分は「加藤氏の話」とあり、注釈で「この人物不明」と書いてある。

葛飾北斎伝』は北斎研究の聖書と言われるだけあって、日常描写や門人、書簡などはさすがに詳しく、わたしがいままで見聞きした北斎に関する作品はだいたいここから引っぱってきていることがわかった。藤沢周平しかり、池波正太郎しかり、松本清張しかり、国枝史郎しかり、石ノ森章太郎しかり。ところが上記のようにうそっぽいところが多すぎる上に、意外にも著作のデータが穴だらけでいいかげんなのだ。

その後『もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品』、『北斎七つのナゾ』、『北斎妖怪百景』などを読んで、いよいよ『葛飾北斎伝』の偏り方が目立ってきた。この本からは、新しいもの好きだったり、開拓者精神の旺盛な北斎像が見えてこないのだ。

「怒涛(女波)の図」に幕府禁制のエンジェルを描いたり、銅版画にあこがれて木版画なのに銅版っぽい額や描線を描いてわざわざ「銅版で刷りましたよ」なんて嘘を書いてしまうお茶目な北斎はなぜこの本には登場しないのか?

(つづく)

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