世阿弥『風姿花伝』(2/6)

世阿弥『風姿花伝』では、物学(ものまね)を究めることよりも、もっと重要なことが「年々去來の花を忘るべからず」だと説く。これはもう達人の領域である。世阿弥の父の観阿弥は『自然居士』を舞ったときすでに老人であったのに、見物人には16歳の若者が舞っているように見えた、というエピソードとともに語られる。

年々去來の花とは、幼なかりし時の粧ひ、初心の時分の態、手盛りの振舞、年寄りての風體、この時分々々の、おのれの身にありし風體を、皆、當藝に一度に持つ事なり。

年々去来の花を忘れないで、あるときは幼子のように、あるときは若者のように、あるときは老人のように、同じ人物には見えないように舞う。過去に身につけた花を忘れず、将来身につくであろう花を持て、と言うのだ。わたしなどは「そんな無茶な」と思うが、世阿弥は「父がそうだったから可能だ」と言うのだ。

有名な「初心忘るべからず」は、ここに書いてある。世阿弥の言う「初心」は、いろいろな意味があって、たとえば、ざっくりと「未熟なシテ」を指したりもする。どの文脈で使われるかで意味が変わるので、いちがいには言えないのだが、この文脈であれば「初心」は「未熟だったころの自分の芸」だろう。

わたしはふと、「年々去來の花を忘るべからず」には、二重のものまねが必要なのだろうかと思った。自然居士は、若者の僧である。老人の観阿弥は、まず若者のシテ(むかしの自分)をまねて、そのあとに自然居士をまねたのだろうか。そうすれば、16歳の若者が舞っているようにも見えるだろう。

そもそも能楽は物学(ものまね)である。女、老人、物狂、法師、修羅、神、鬼、唐人(外国人)、などなど、演者はいろいろなものになりかわる。すでに、この本のはじめの方、「風姿花傳第二 物學條々 中」で物学の要点が書かれている。下賤の職をまねすぎると、高貴な方々の目にはいやしく見えて楽しくないだろうから、そこらへんの按配に気をつけろ、とも書いてあって、能楽師がもともとは身分の低い職能民であった歴史がうかがわれて面白い。

それはともかく、老人のまねのお手本は、鼓や太鼓のきざむ拍子より、ちょっと遅れて動作しなさい、と書いてある。老人はからだが思うように動かず、耳も遠くなっているから、そうなるのが自然である。そして、多くの老人は「自分はまだ若い」とか「若者のようにありたい」と願うものだから、その願いをよく学んで、心ははやるのにからだが追いつかない感じを出せ、とも書いてある。

まづ、假令も、年寄の心には、何事をも若くしたがるものなり。さりながら、力なく、五體も重く、耳も遲ければ、心はゆけども、振舞の叶はぬなり。この理を知る事、まことの物まねなり。態をば、年寄の望みの如く、若き風情をすべし。これ、年寄の、若き事を羨める心・風情を學ぶにてはなしや。

さらに、ものまねには「似せぬ位」があると言う。老人は、自分が老人なのだから老人に「似せよう」とは思わないはずだ。ものまねを究めると、もはやそのものになって、似せようと思う心が消えるのだそうだ。これを「物まねを極めて、その物にまことに成り入りぬれば、似せんと思ふ心なし」と言う。

わたしが「年々去來の花を忘るべからず」に、二重のものまねが必要なのだろうかと思った理由はここにある。老人の観阿弥は、まず若者のシテをまねて、そのあとに『自然居士』をまねたんじゃないだろうか。たとえば、若者ならば鼓のきざむ拍子よりも速く動きすぎてしまうこともあるだろうし、若いシテならば憶えたテクニックをひけらかしたい気持ちもあるだろう。そこらへんの若さゆえの気持ちを汲んで、なおかつ自分の若いときのことを思い出して、それらしく舞えば、たとえ老人であっても若者が舞ったように見せることは、理論的には可能である。

逆に、若い未熟なシテであっても、老練なシテがどのように舞うかを見て、覚え、そっくりにまねて舞うことで、これから身につくであろう花を演じることも可能だろう。

それにしても、まあ、なんともすごい領域の話ではある。

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