成人男性の何割かは、心の中に男子中学生を飼っている。それはふとした瞬間に顔を出してきて、わたなべよしまさのエロ漫画にあるズコッという擬音にツッコミを入れてしまったり、巨乳の女性と目が合って「いま心を読まれた、巨乳と思ったのがバレた!」と冷や汗をかいたりする。
そんなことないぞ、と強がってみても、マジンガーZに出てくるおっぱいミサイルに「しょうもねぇなあ」などと感想をもらした時点で、すでにあなたの精神は男子中学生に侵されているのである。
元プリンスの映画『パープル・レイン』は、そういった男子中学生マインドが画面からにじみ出てくるような傑作だ。好きな娘にいじわるプリンス。その娘といちゃつく男にいやがらせプリンス。両親のケンカにうんざりプリンス。才能が認められなくてがっかりプリンス。土壇場の大逆転にやったぜプリンス……
プリンス演じるキッドの一挙一動は過剰な自意識とセックスへの傾倒を赤裸々に映し出し、かつて男子中学生だった自分の姿とオーバーラップさせる。肩パットのすごいドレスのようなステージ衣装は、体操服。ピアノの上から飛び降りて大丈夫なのかと心配するほど細いヒールは、運動靴。もうすぐ体育なのにチンコ立っちゃって席を立てないどうしよう、という苦悩は、そのままこの物語のキッドの苦悩と一致するのである。
この映画であぜんとするほど若いプリンスは、今なお全世界の男子中学生に向け、そのスピリットを惜しみなく発信し続けている。彼の天才たるゆえんは、普通なら恥ずかしがってしまうようなことを、ぬけぬけとやれてしまう自意識にあると、ワタシは思う次第である。
あなたの中に息づく男子中学生は、いま、どうしているだろうか。
僕は「ゆうじ」という名前が好きで、もし何かに命名する機会があったら(たとえばプリンターとかに)、まっさきにつけてやろうと思っている。「ゆうじ」は「ゆーじ」と真ん中がのばせるのが素晴らしい。あと、その日の気分で「ゆーじ」、「ゆ~じ」、「ゆ→じ」と替えられるのもステキだ。とにかく良い名前なんである。
僕が一人暮らしを始めたころの話だけど、曰く「入学祝いの…」とか「新しい門出を祝して…」と勧誘の電話が、実家にも下宿先にもけっこう懸かってきた。
最初こそ丁寧にお断りしていたが、そのうち面倒になり、その手の電話には「興味ないッス」とか「あ、おじいちゃん?」と、投げやり且つ意味深な対応をしていた。少なくとも、相手にこいつはヤバイぞと思わせることには成功していたはずである。
勧誘電話の中に、たまにとびきり愛想のいい人がいて、普通に世間話で盛り上がったこともあった。もちろん愛想の良さも相手の常套手段で、こちらがスキを見せると「下の名前を教えてもらえる?」と訊いてきたりしたが、そういうときには決まって「平川ゆうじです」と嘘をついていた。
そうこうしているうちに、勧誘電話の相手が初めから僕を「平川ゆうじさんですか」と訊いてくるようになった。こういう電話番号は業者から業者へ回されているんだな、と改めて実感できたわけだ。
ところがである。先日、とある宝石ショップが新装開店したので是非お出でくださいの勧誘電話で、開口一番こう言われた。
「平川アキオさんですか?」
誰だアキオって。
最近、アキオも良い名前だな、と思っている。
今日はキャラメル・ボックスの新しいお芝居を観てきました。一緒に行ったキャラメル・ファンの2人でも「今回はちょっと…」と口を濁すくらいの出来で、ぼくとしては感想を書くぞ~と気合い入れてたんですが「感」も「想」も特になく、悪口ばかりをズラズラ書いても仕方がないので、いかんともしがたいところです。
帰り道で、その一緒に行ったキャラメル・ファンのひとりが、「なんか登場人物たちのキャラがつかめなくてさぁ」と言ったので、「そもそもキャラなんて存在しなかったんだよ」と応えました。
お芝居としては、控えめに言って、最低。
まとめとしては、「客層の90%が若い女性で、会場がほのかに良い匂いだった」でした(オレも最低)。
子連れで観た劇場版1作目で「最近のアニメはすごいなぁ」と虜になり、新作も急いで観に行きたいけど子供には「今回のデジモンはどうするんだ」なんて遠回しに言ってしまう全国のお父さんお母さん、今回もやっぱり傑作です!
突如インターネット上に現れた新種のデジモンは、ネットのあらゆるデータを食べて成長する。そのせいで世界中のコンピュータは誤作動し、交通機関や家電までがまともに使えなくなってしまう。しかもそのデジモンが成長するたびに災害はどんどん大きくなり、最後にはペンタゴン・コンピュータの誤作動で核ミサイルが発射されるという大惨事に。なんとかくい止めようとする太一と光子郎だったが……
前作に比べるとややあっさりした感もあるけど、突飛な話を身近なところから順を追って迫りリアリティを確立する術や、デジタルの違和感をも能動的に活用した濃密な画面設定などは、まさに細田演出ここにありといった感じです。『ゲゲゲの鬼太郎(シリーズ第3段)』で見せたギャグの絶妙な間も健在。
今回の戦闘はすべてデジタル世界で行われたためか爆煙がリアルさ重視でなく、それが好きな僕としてはちょっと残念でした。でもキャラクターの動きは前にも増してシャープになってるし、『ひみつのアッコちゃん(シリーズ第4段)』でファンにはおなじみのぶっ飛んだ面白顔、通称「細田フェイス」も存分に楽しめます(まさかデジモンでやるとは思いませんでしたが)。
何より、テレビシリーズや劇場版一作目などで予備知識のない人でも、各キャラごとの性格や人間関係が理解できるという配慮が素晴らしい。劇場版一作目と連続して観る人にとっては、しっかりした兄だけどまだまだガキンチョだった太一が、ほのかに異性を意識しはじめたりなど、子供の成長を喜び見守る親ような気持ちにもなれます。そういえば、前作では兄妹の関係を強調するためにあえて顔が省かれた太一の母親も、今回はちゃっかり人気投票で上位をとりそうな良いポジションにいますね(ていうかずいぶん若返ってるような…)。
惜しむらくは、インターネットの専門用語が不慣れな人たちにとって難しかったのではないか、ということ。そこらへんは制作側も特に気を使っていたようで、劇中のほとんどの専門用語が「太一の質問、光子郎の解説」という風に語られ、パンフレットの端にはデジタル・キーワード解説が載っています。盛り上がりやカタルシスは演出力のおかげで感覚的に判るようになっていたので、子供でも十分楽しめたのではないか、と思います。
まあ、何にしても業界人が満場一致で快哉を叫ぶ作品なのは間違いないですね。さて、次はいつ観に行こうか……
記念写真を撮りたがるのはどうしてだろう。
自分がその場所にいたことの証明
誰かに見せびらかすため
なんとなく条件反射で
これら理由は、ぼくにとってたいした意味はない。だから記念写真は進んで撮ったためしがない。誰かの撮った記念写真も、その多くは、どこか奥深くにしまわれて二度と陽の目を見ない運命にある。

ところが、記念写真を撮る人たちには興味がある。やや悪趣味だが、旅行に行くとつい記念写真を撮りそうな人たちを探してしまう。ちょっとでもその気配があったら、すぐにカメラを取りだして、その人たちを撮るのだ。
上の写真の日本人は、通路のど真ん中でパチリ。まわりの人たちは気を使って、邪魔にならないように隅を歩く。

ぼくは記念写真を撮るような人を、思い出にがめつい人だと思っている。がめついのは悪いことじゃない。
人間の脳みそは底の抜けた容器みたいに、いつまでも記憶を留めておくことができない。ぼくは、できればどんどん忘れて、新しい思い出を見つけたい。

どうして記念写真を撮るような人に興味があるのかはよくわからない。
街灯に乗せた足がすてきな彼女は、いつかその写真を見て、どう思うんだろう。旅の恥はかき捨てというが、ネガが残っている限り、それは残りつづけるのだ。
’99年の夏、パリの街にはいたるところにスティーヴ・ブシェーミの看板があった。ブシェーミといえば、超大作に顔を出したかと思うと、よくわからないB級映画で怪演してたりする俳優だ。
私は好きだが、人気があるのかは知らない。たぶんない。

看板の右下に赤字でH.Mと書いてあるから、どうやらファッション・ブランドのものらしい。森英恵( Hanae Mori )だろう。
おばちゃんブランドだと思っていたが、ブシェーミの起用によるイメージ戦略を狙っているのかもしれない。彼にどんなイメージを期待しているのだろう。

それにしてもどうして、よりにもよってブシェーミなのか。口元がだらしないブシェーミである。副詞なら「にたにた」、感動詞なら「しめしめ」、そんなブシェーミである。
もしかしたらイメージは「犯罪者っぽさ」か。

幾度となく看板を見ているうちに気づいた。
数バージョンある写真は、徹底してブシェーミの口が閉じられている。上の写真はそれを裏づけるようなくわえタバコ。彼の魅力は、開いた口のだらしなさなのに。
口を閉じたブシェーミは、関節技を禁じられたカール・ゴッチのようだ。

しかし確実に言えるのは、もし東京にブシェーミの看板が立ったら大変なパニックになるということだ。それだけパリに住む人々のセンスや許容範囲は広いのだろう。
これに関しては、さすが「ファッションの都」と言われるだけの貫禄を感じる。

バス停でたたずむ女性、その目線の先に熱いものを感じるのは私だけだろうか。
目覚めると布団からアルコールと香水のまざったにおいがして、ここがオカマの恵子(本名は雅彦)の部屋だと判った。
恵子とは飲み屋で知り合った。最初、ぼくは彼女のことを女だと勘違いしていた。彼女が男だと知ったのは、会った瞬間からずっと口説いていたぼくにはかなりのショックだったが、なぜか男と知ってからのほうが彼女とは親しくなれると思った。
彼女はきれいだ。ぼくの知っているどんな男より、どんな女より、何倍もきれいだ。
洗面所から水の流れる音が消えて、涙目の恵子が出てきた。
「おはよう」
「おはよう、恵子。どうかしたの」
「え?」
彼女はウサギみたいに真っ赤な瞳で、ぼくは彼がウサギ好きなのを思い出した。心配そうなぼくを見て、彼はクスリと笑って言った。
「ヒゲを抜いてたの」
彼女はきれいだ。ぼくの知っているどんな男より、どんな女より、何倍もきれいだ。
ホームページ開設
↓
とりあえず絵を載せる
↓
「誰も見に来てないんじゃ……」
↓
カウンター設置
↓
3(翌日)
↓
寝る前に悶(もだ)える
とにかく頑張る
↓
「精一杯やってみよう」
↓
「考えるのはそれからだ」
↓
「結果は後からついて来る!」
↓
カウンターを見る
↓
15(ほとんど自分で)
↓
寝る前に悶える
無駄な自分
↓
不要な自分
↓
無益な自分
↓
寝る前に悶える
論争中の掲示板を発見
↓
「途中参加で申し訳ないですが……」
↓
泥沼化
↓
寝る前に悶える
ホームページ大改造
↓
日記を書くことにする
↓
サイト名も変更
↓
劇団.[宇宙的]
↓
「プッ、変な名前(友人談)」
↓
寝る前に悶える
メールが来る
↓
「日記読んでます」
↓
男泣き
↓
嬉しさ余って過剰な返信メール
↓
相手に退かれる
↓
寝る前に悶える
ポツポツとメールが届くようになる
↓
「飽きられたらどうしよう」
↓
不安になる
↓
「そうだ、意見をもらおう!」
↓
日記にフォーム設置
↓
「……これって自意識過剰じゃん?」
↓
フォーム廃止
↓
寝る前に悶える
日記に煮詰まる
↓
アクセス激減
↓
予防線に相互リンクを求める
↓
大成功
アクセスが軌道に乗る
↓
図にも乗る
↓
掲示板を設置
↓
無反応
↓
寝る前に悶える
掲示板に常連が出来る
↓
「今日はあの人、書き込んでないなぁ」
↓
「あ、こっちには書き込んでるじゃん!」
↓
不安になる
↓
もしかして嫌われた?
↓
思い当たる節を探る
↓
寝る前に悶える
いよいよ日記が書けない
↓
いいかげん煮詰まる
↓
友達サイト・ホソキン評価5
↓
友達サイト・カタカナ語尾の最高峰
↓
寝る前に悶える
ホームページの閉鎖を提案する
↓
ふとんの中で悶える
↓
いろいろ思い出す
↓
悶える
↓
ちょっと泣きそうになる
↓
悶える
↓
本当に泣いてしまう
↓
悶える
ホームページ閉鎖
「やめちゃうの?」
↓
読書する
↓
「リンクは残しておくから」
↓
テレビみる
↓
「閉鎖したんなら一声かけろよ」
↓
漫画よむ
↓
「死ね」
↓
散歩いく
↓
寝る前に悶えなくなる
↓
↓
「目的を見失ったんです」
↓
あのトンネルの先を見るんだ
↓
「暗くて先まで見通せません」
↓
トンネルは何処へ通じている?
↓
「見えません。本当に貫通していますか」
↓
トンネルの向こうには?
↓
「見えないから判りませんってば……」
↓
トンネルを中へと歩き出す
ホームページ復活
他サイトの掲示板で大暴れ
↓
寝る前に悶える
ああ! 寝る前に悶える! 悶える!
-おわり-
「平川くん」
「何」
「ホームページやってたでしょ」
「(ギクッ)うんまあ」
「ジェットなんとか」
「そう」
「(隣の女の子に)私らの間で人気だったよね」
「(ぎゃー)ふうん。とと、ところで、英文学史の先生ってや」
「アレに書いてあったことって本当なの?」
「え? あ、いや、ウソウソ。全部つくってる」
「なーんだ。(隣の女の子に)やばかったよね。ギャハハハ」
「(たーすーけーてー)ハハハ」
「今もうないの?」
「うん、移動した」
「場所教えてよ」
「やだ」
このホームページの内容は、99パーセントの真実と、1パーセントの文学的誇張です。
ドラゴンとか酒場とか日雇い剣士とかが出てきて、「何ィ!」とか「まさか!」とか「きっ、効かない?!(攻撃魔法が)」等のセリフを吐く恥ずかしい系ファンタジー系の小説を書こうと思って、最初に登場人物たちの名前を考えた。
オユンガ
ヴォルト
ダワ
オヌル
タミーラ
ガルバートル
ツォロモン
ヴァン
以上。
書いてみて気づいたことに、これらすべてモンゴル系の名前だった。