柴田鉄治/外岡秀俊『新聞記者 疋田桂一郎とその仕事』を読みました。戦後を代表する伝説の記者、疋田桂一郎の書いた選りすぐりの記事44編をおさめ、新聞およびジャーナリズムを問い直す内容です。おもしろかった。
疋田桂一郎さんは、
- 戦後の朝日新聞の文体をつくった
- 管理職にしては惜しいと考えられた大記者
- 朝日きっての名記者・名文家
と言われる人です。わたしが読んだなかでは、外岡秀俊『情報のさばき方』、辰濃和男『文章の書き方』、本多勝一『日本語の作文技術』などで、まるで呪文のようにヒキタヒキタと唱えられています。
あんまりほめられすぎなので、どんな記事を書いたのか興味があったのですが、この本を読んでようやく納得。ついでに、速報性、時事性、情報量といった新聞の枠からつねにはみ出そうとしていたのが疋田桂一郎さんだったのだと思いました。
登山者の集団遭難のルポで山男たちの思い上がりを指摘する『何を語るか? 東大生らの遭難』。伊勢湾台風で名古屋市の都市計画の甘さと経済格差のコントラストを浮かび上がらせる『“黒い津波”の跡を歩いて』。罪と罰の冒頭、ラスコールニコフの七百三十歩をじっさいに歩いてみる『革命までの七百三十歩――世界名作の旅・ロシア』。新聞のタブーを真正面から正確なデータを埋めつくして描く『自衛隊』。などなど。
疋田桂一郎さんの記事に共通するのは、権力・横暴さ・通念への抵抗ですね。山田太一、高畑勲、ロバート・アルドリッチと似たものを感じます。
また、色・匂い・味・音・肌ざわりなど、五感を刺激する文章が多くておどろきます。『革命までの七百三十歩――世界名作の旅・ロシア』によく表れているのですが、たとえば階段の「乾いた音」という文章を書くためにじっさいに音を聴きに行く、あるいは自分で歩いてみるような執念深さが、紋切り型の表現を遠ざけています。
もしかしたらブログを書くのに役立つかも、なんて思ったんですが、甘かった。ちゃんとした取材があっての名文なので、文体だけを表面的にまねてもお寒いだけでしょう。
有名な『新・人国記―青森県』の冒頭:
雪の道を角巻きの影がふたつ。
「どサ」「ゆサ」
出会いがしらに暗号のような短い会話だ。それで用は足り、女たちは急ぐ。
みちのくの方言は、ひとつは冬の厳しさに由来するという。心も表情もくちびるまでこわばって「あららどちらまで」が「どサ」「ちょっとお湯へ」が「ゆサ」。ぺらぺら、くちばしだけを操る漫才みたいなのは、何よりも苦手だ。
「角巻き」は四角の毛布でできた肩掛け、女性用の防寒具です。このように青森県の風景から入って、北国のふさいだ心が爆発するネブタ祭の話題にうつり、最後には棟方志功のアジア的混沌と孤独を描きます。短い文章で情景を写し、効率よく青森県をスケッチしてく手さばきにうっとり。
プロクルステスの寝台問題にぶつかった『ある事件記事の間違い』は、下手な推理小説よりも読みごたえがありました。
銀行の支店長が、心身障害のある娘を餓死させた容疑で逮捕される。警察の調書と新聞は、こう書く:
イ.ベビーベッドに十日間も閉じ込め
ロ.水も食事もあたえず
ハ.腹を空かせて皮が破れるほどチューチュー指を吸っても心を鬼にして放置し、
――餓死させた。残酷な娘殺しをイメージさせる記述だが、疋田さんがあらためて公判記録を読み返すと、これがまちがいだったとわかる。
イ.娘は先天性精神薄弱児でベビーベッドは日常の住居空間だった
ロ.拒食症だった
ハ.指しゃぶりは癖だった
事件が捏造された理由はシステム的なものだった。
警察は、事実を自分たちの望むシナリオに無理やり押しこめる乱暴な調書をとり、点数かせぎのため事件が大きく扱われるように新聞記者に告げる。記者は、限られた情報量ときびしいスケジュールのなかデスクを通るように事件のつじつまを合わせ、ベタ記事→三段記事→トップ記事へと上りつめるように、また他社より注目を集めるように、スキャンダラスに書く。
このような警察と記者のなれあいで「残虐な娘殺し」に仕立てあげられた男性は、電車に飛びこんで自殺した。
どういうわけか、こと事件報道に関するかぎり、警察からの取材だけで書いた一方的な記事がまかり通っている。通念になっていて、記者もデスクも疑わない。(略)警察につかまるのは悪人にきまっている。悪人については何を書いても構わない、とでもいうのだろうか。
このような事件報道が、人を何人殺してきたか、と思う。
そして、現実のできごとと記事のあいだのズレを最小限にちぢめるために事件報道のあり方を問い、具体的な提言をします。興味のある方は、本書でお読みください。
「事件は記者室でも起きているんだ!」という現実をまざまざと見せつけられます。
しかし、複雑な現実を、要約も編集も演出もしないでまるごと飲みこみつつ、安易に決めつけないで保留するような知的なタフさを新聞記者はおろか読者にも要求するのは、ちょっと酷すぎるかもしれません。
