月姫

 後輩からエロゲー同人誌の原稿を頼まれた。

 しめ切りは一週間で、資料はゲームソフトのみ。つまり絵を見るためにゲームをやらなければならなず、しかも漫画を描くとなるとキャラの性格をつかむために、かなりプレイする必要がある。

 一週間でこれだけこなすのは、しんどい作業だ。しかし頼まれた仕事は断わらない(小心者で断われない)ので、いま白い紙と格闘している。『カノン』というエロゲーを20分で投げ出したほどの致命的なエロゲー嫌いが、原稿の遅れに追打ちをかける。

 さらにしんどいのは、同人誌なので、こんなにつらい作業をしても原稿料はもらえないことだ。

 原稿の受け渡し場所を焼肉屋にして、財布を忘れてみようか、と考えている。

カテゴリー: ゲーム, 雑記

再読

 深夜に帰宅する途中、誰かにあとをつけられている気がした。

 止まって振り向くと誰もいない。進むと同じ速さでついてくる足音が聞こえる。曲がり角を先回りして、相手が来るのを待ったが、足音は角の手前でやんだ。こちらが尾行に気づいているのを相手も承知なのだ。

 ぼくは言いようのない恐怖にとらわれて、わき目もふらず全速力で走った。それでも足音はついてくる。無我夢中で飛ばしていたら、家の近くでついに足音は消えた。家に着いたあとも胸のあたりが気持ち悪くて、その晩は早く寝ることにした。

 どうしてそんなに恐かったのか?

 ぼくは家路でずっと、バイクに乗っていたのだ。

カテゴリー: 小話, 雑記

大人の小話

A 「太郎が性病にかかったらしい」
B 「誰からうつされたの?」
A 「それが花子だって」
B 「ということは、おれにも!」
A 「きみには彼女がいるだろう」
B 「花子に浮気していたんだ」
A 「なんてひどいやつ。これは天罰だ」
B 「後悔しているよ。そうすると、おれの彼女にもうつっているのか」
A 「…ということは、おれにも!」

カテゴリー: 小話

夢の解説

 とんでもない悪夢を見て、自分の叫び声で目覚めた。忘れないうちに内容をメモする。

 ぼくは広末涼子といっしょに酒を飲んでいた。すると広末がぼくに襲いかかってきた。どうやら猫の幽霊に憑かれているらしい。4/2の猫の死体について書いた日記が頭をかすめた。

 場所は自宅に移り、ぼくはパソコンの不具合が出るたびに、近くにいる友達が猫に憑かれて襲ってくるらしいと知った。猫とパソコンの関係がわからない。広末も友達もツメが鋭くなって刺されるととても痛いんだが、眼精も猫のように縦長になったらもっと本格的なのになぁと思った(この余裕は夢ならでは)。

 場所はさらに墓場へ移る。友達Kの車が着いたので乗りこんだ。もたれて座っていると背中や太股がちくちく痛い。シートの内側に猫がいたのだ! なぜか持っていたナイフで、シートのなかの猫と格闘する。

 やっと猫を追いつめた。しかしKが猫をかばおうとする。なんとなく、自分が追いつめた猫は幽霊に見せられていた幻覚で、実際はなにか別のもののような気がする。「きみが抱き上げているのはなんだ?」と訊いたら、Kは血まみれの猫を指して、こう言った。

 「これはシンデレラだよ」

 ここでぼくは恐怖のあまり叫び声をあげた。

カテゴリー:

ずれている

 電車のなかで化粧をする女性はマナーがどうのこうので恥を知ったか知らないか、という話題を前から聞いてはいたが、今日はじめてそれを見ることができた。文庫本を読み了えて人間観察をしていたのだ。

 合計でふたり見たんだが、ひとり目は化粧直しなんてレベルではなくて、スッピンからフルメイクまでを総武本線の千葉・東京間でやってのけた。まるでピザを生地から順につくる行程を見ているような感じで、とてもスリリングだった。

 はじめこそ能面のようだった生地は、やがて美味しそうなピザに焼きあがった。化粧、恐るべしである。

 ふたり目は小田急線で、毛抜きを取り出し、揺れる車内で眉毛の手入れをはじめた。毛抜きが目に刺さりやしないかとドキドキしたが、職人が魚の小骨を取るような手つきでささっと無駄毛を処理していた。

 これで老人から子供まで安心して食べられる骨のない魚ができあがった。職人の粋なはからいである。

 電車のなかで化粧をする女性は、マナー違反とか恥知らずとかはどうでもいいが、とりあえず見ているとお腹が空いてくるものであると思う。

カテゴリー: 雑記

 深夜に帰宅する途中、ゴミ捨場に猫の死体があった。

 暗くてよく見えなかったが、猫の口元になにかあって、それを咥えながら死んでいるらしい。小さくて白っぽいので子猫かなと思った。

 朝になって煙草を買いにそこを通ると、猫の死体はそのまま残っていた。子猫だと思っていたものは軍手だった。なんでこんなものを咥えたまま死んでいるのか不思議でならない。猫は口から血を流していて、軍手に少し血がにじんでいた。

 保健所に連絡するべきかなどと考えながら煙草を買うと、自販機の下に軍手の片一方が落ちているのが見えた。すぐそばでは猫がもう一方を咥えている。よくわからないが、ふたつそろえたほうがいいだろうと思って、しゃがんで軍手を拾った。

 すると猫が野太い大きな声で「それにさわるな!」と言った。

カテゴリー: 小話, 雑記

北京旅行記 – 6 おまけ・食べもの写真いろいろ


フードコートでの食事


ピザなんかもある


このどれかは犬の肉


肉はこってり、野菜はあっさり


羊肉の焼肉が流行っていた


店は汚ないけど安くてうまい


ピータンのお粥がうますぎ


わりとあっさり系の食事


朝食は質素です


クンクン(いいにおいだ…)


コミケ東、肉ブース


コミケ西、豆ブース


コミケ南、野菜ブース


スーパーの餃子コーナー餃子にもいろいろ種類がある


うまくもまずくもない帰りの機内食、もうここは中国じゃないと実感する

カテゴリー: 北京旅行記, 旅行

北京旅行記 – 5 食べたものなど・おわりに

北京人と食事

 私が学校で北京語を習っていたとき、中国人である講師が「わたしたちは生活が貧しくても食事はしっかり取ります。おいしいものが食べられれば、それで幸せなのです」と言っていた。

 そしてよく中国人は、翼のあるものは飛行機以外、四歩足のものは机以外、なんでも食べるともいう。人体に有毒である植物も、漢方として体内に入れたりするくらいだから、こんな冗談にも素直にうなづける。

 「食」に対する思い入れの強さを考えれば、広い中国のどこかには、飛行機や机を食べた人がいてもおかしくない。

 ついでに北京語の講師は「貧乏な中国人は虫みたいな生活をしています」とも言っていた。妙に生々しく聞こえて、いやな気分だったが、もしかしたら虫には「珍味」としてあまり悪い意味はないのかもしれない。



路上で豆を炒っている女性



屋台の牛肉麺

中国四大料理

 ひとくちに中国料理といっても、広大な領土に多くの民族が混在するこの国では、使用する食材から調理法まで、無限にあるといって過言でない。代表的な中国料理は、四川、上海、広東、北京の四つに大きく分けられ、「中国四大料理」と呼ばれる。

 四川料理は暑く蒸しやすい盆地で発達したこともあって、腐らないように香辛料をふんだんに使った料理が多い。中国で激辛といえば、四川料理と思って間違いないだろう。日本では坦々面や麻婆豆腐などがよく知られている。

 上海料理は食材が豊かな江南地方で発達した。そのため素材を活かした料理、とくに魚介類が多くなっている。味つけは醤油や砂糖をよく使う。メインディッシュが魚のあんかけ料理なら、上海料理に違いない。

 広東といえばゲテモノ料理が有名で、よくテレビでダチョウ倶楽部がお世話になっている。もちろんゲテモノだけではなく、海鮮から野生まで「食は広州にあり」と言われるくらいの種類の豊富さを誇っている。世界各地の中華レストランは、ほとんどが広東料理で、日本でも酢豚や八宝菜、チャーシューなどが有名。おなじみ「飲茶」も発祥は広東らしい。

 最近では中国も経済の開放政策が進み、どの地方でもいろいろな料理が食べられるようになっている。大きなレストランなら、たいていこの四大料理の有名どころを注文できるだろう。特に広東料理は奥が深いので、食べくらべてみるのも面白いかもしれない。

 注文の仕方が日本とはやや異なるので、しっかりガイドブックで予習しておくと、どこの料理店でも困らないですむだろう。



おしゃれなカフェもあったりする



スーパーの棚を見るのも面白い

北京うまいもの紀行

 北京料理といえば、その名もずばり北京ダックが有名だ。私たちの行ったこのツアーは、北京ダックの夕食がコースのひとつとしてあり、夕食の席に座るなりコックが焼きあがったアヒルをさばきはじめた。

 あれよあれよという間に皮だけきれいに剥がされ、ネギや味噌、薬味などといっしょにクレープのようなもので包んで食べる。

 コックの手際のよさに圧倒され、さらに食べることに夢中になり、写真を撮るのも忘れてしまっていた。ほとんど食べ終わったころに気づき、あわててカメラに収めたものが下の写真になっている。北京に旅行の際はぜひ食べていただきたい。

 北京は寒い地方ということもあって、油をたっぷり使った体の温まる高カロリーな料理も数多くある。味つけも非常に濃厚だが、不思議とたくさん食べられ、あとに響かない。食べすぎにはくれぐれも注意したい。

 日本に帰って体重計に乗ってから後悔しても遅いのである。



うまいうまい




売ってる油の量もハンパじゃない

チャオズは指折り数えて

 北京には、粉食と呼ばれる小麦粉を使った料理も多い。まんじゅう、焼餅、包子などがある。日本ではギョーザや肉まん、うどんなどがよく知られていて、すっかり日本食だと思っている方もいるのではないだろうか。

 先ほども書いたとおり、中国では注文の仕方がむずかしい。ギョーザや包子、場合によっては魚やカニなども重さで注文する。中国の重さの単位は「斤」と「両」で、それぞれ 1斤=500g 、 1両=50g になっている。重さあたりの値段にも気をつける必要がある。

 私と連れがギョーザ専門店に行ったとき、この 1斤=500g がどれほどの量かわからずに注文しようとしたら、偶然とおりかかった中国在住の日本人の方に「半斤で充分だよ」と教えてもらった。

 出てきた半斤のギョーザはなるほど大量で、すっかり満腹なところにさらに詰めこむかたちとなった。約3両(150g)が、日本のお茶碗一杯の量に相当するらしい。半斤(250g)は、だいたいお茶碗一杯半くらいになるだろう。

 私たちの食べた店では、たっぷり食べて12元(180円)だった。ふたり分の値段なので、ひとり90円。美味しくて、しかも安いので、小腹が減ったときなどにオヤツとして食べてもいいと思う。

 その際は、自分が食べられるだけの重さをきちんと計り、『ドラゴンボール』のチャオズのように指折り数えて注文していただきたい。



これがちょうど半斤のギョーザ



ギョーザ一個に二秒もかからない早わざ

食べたものいろいろ

 北京ダックやギョーザのほかにも、いろいろなものを食べた。写真が多くこのページだけでは紹介できないので、別項にまとめておいた。写真ばかりで重たいが、ほとんどの食事は撮影してあるので、どんなものを食べたか興味のある人は次のリンクを参照していただきたい。食べもの写真いろいろ

おわりに

 旅行記を書く際、参考文献として『地球の歩き方』の中国、北京編を使った。ここからの引用も多々ある。いっしょに行った連れにも、地名や事柄など、思い出せない部分を補ってもらった。この場で感謝したい。

 全章をとおして、情報を整理するために、やや偏った見方をしているところがある。ここに書いたことを鵜呑みにして知人に話すと、とんだ恥をかくかもしれない。気をつけていただきたい。

 「500mlのコーラが30円で買える」と書いたが、コーラを浴びるほど飲んでも現金が減らない嬉しさは、とても文章で伝えることはできないと思う。「百聞は一見に如かず」のとおり、旅行記を熱心に読んだところで、旅の本質に触れることはできないのだから。

 読者が北京に興味を持ち、実際に旅行に行ってみようと思っていただけたら、それで幸いである。

 最後に、この言葉で、旅行記を終わりたい。

Don’t think, feel. ――― Bruce Lee

カテゴリー: 北京旅行記, 旅行

北京旅行記 – 4 観光名所のことなど(下)

万里の長城と男坂

 万里の長城は、北京の北部から東北部にかけての山岳地帯に、まるで龍のようにうねうねと設けられている。ご存知のとおり、この長城は、北方の騎馬民族や他国の侵入を防ぐための城壁で、紀元前に各地につくられ、それらを秦の始皇帝がつなぎ合わせて今日に至る。

 一口に長城といっても、北京中心部からは、八達嶺長城、金山嶺長城、慕田峪長城、司馬台長城、居庸関長城、の5ヶ所ほど登るところがある。それぞれ特色があるので、なにが見たいのかをしっかり調べてから行くことをおすすめする。わたしたちは特にこれといった要望はなく、最後の居庸関長城にした。これが失敗だった。

 のちに調べたところ、居庸関長城は防衛の拠点であり、また歴代の兵法家が攻略に悩んだほどの急勾配で知られている場所だった。息を切らしながら険しい男坂(*1)を登り、悠久の中国に思いをはせた。

(*1)男坂……おとこざか。男の気骨を試されるようなつらい坂道のこと。



階段は段ごとに高さがちがう

 上の写真にあるように、階段の途中には一定距離をあけて、見張り台や兵士の住居に使われていた城楼が建っている。居庸関長城の城楼はぜんぶで6つあり、わたしたちは時間と体力の都合で5つ目までしか登れなかった。 降っているとき、知らないおじさんから韓国語で話しかけられた。おそらく「5つ目の城楼まで来たのに最後まで登り切らないのか」と言われたんだろうと思って、時計を指差し、英語で「わたしたちには時間がありません」と答えた。

 いま考えると、このおじさんは、ちがう質問をしていたのかもしれない。

 「ゴルゴ13はいま何巻まで出てますか」
 「人類の未来についてどうお考えですか」

 まさかとは思うが、韓国語には暗いので、はっきりと断言はできない。もし前者の質問だとしたら答えになっていないし、後者の質問だとしたら、わたしはずいぶん意味深なことを言ってしまったことになる。

 「わたしたちには時間がありません」

景山公園

 故宮博物院の北にある景山公園は、いただきにある万春亭から、72万平方メートルの故宮全景を一望できる。北京市内を四方から見下ろせる眺めは圧巻だった。

 この景山は、明の時代に北京に遷都したとき、皇城の北は玄武の位置で山があるべきという風水にしたがってつくられた人口の山である。石灰を積んで山にしたという伝説が残っていて、煤山という異名もある。

 万春亭には仏像があり、それが、どう見てもカンチョーしたあと指のにおいを嗅いでいるみたいだった。罰当たりな考えだろうが、その通りなのでどうしようもない。写真があるので、ぜひご自分の目で確かめていただきたい。



クンクン

 景山から降る途中の休憩所に、バイオリンとギターの流しがいた。ぼくと連れが覗いていると、バイオリン奏者が「日本人ですか?」と訊くので、そうだと答えると、『北国の春』を弾いてくれた。まわりの観客も中国語で歌いだす。 演奏自体は優れたものじゃなかったが、孤独な旅人であるわたしたちに、こころを通わせようと歩み寄ってくれたことは、とても嬉しかったし、感動した。

 残念ながらわたしたちは『北国の春』の歌詞を知らず、合唱に参加することができなかった。もしぼくがコロッケや千昌夫だったら、その気持ちに応えられるのに……と思うとくやしかった。

 たぶんコロッケや千昌夫になりたいなんて思うのは最初で最後だろう。



入口から見た景山公園



いい顔のふたり

北海公園

 景山公園の西隣にある北海公園は、面積の半分以上が池(北海)で、そこに浮かぶ瓊華島、南端の団城に分かれている。中国の古代神話の仙境をイメージしてつくられたらしく、建物や風景はとても美しかった。この北海は、夏はボート、冬はスケートを楽しむことができる。

 わたしたちが行ったのはちょうど、ボートに乗るには池が凍りすぎ、スケートをするには融けすぎている半端な時期だった。みなさんが北京に行く際は、ぜひ気をつけていただきたい。

 瓊華島の中心に建つチベット式仏塔の白塔は、北海公園のシンボルになっている。塔の前にある永安寺もチベット仏教(ラマ教)寺院で、北京では珍しい様式の建築物を見ることができる。

 また、元の時代にはフビライ帝との交流も盛んで、チベット仏教の活動の中心地になっていた。仏典や書籍の翻訳もここで行われていたらしい。



北海公園の入口から白塔が奥に見える

 公園入口の売店で色の薄いトウモロコシを売っていた。トウモロコシは「唐黍(とうきび)」と書くこともあるので、「餅は餅屋」にしたがって買って食べてみた(原産はアフリカのはずだが)。これが、とんでもなくまずかった。 つと状のなかにひとつひとつ炊いた米粒を入れたようなモチモチした感じだったが、米のように噛んでも味が出てこなくて、いろいろな意味で no taste 。醤油があれば少しは美味しく食べられたかもしれない。

 アメリカ人がこれを食べたら shit! と言いながら地面に叩きつけるだろう。

 ただ、この食感でトウモロコシが穀物であることをあらためて実感できたし、コーンフレークはこれを引き伸したものなんだなとわかった。怪我の功名。とでも考えなければやってられない。



光龍門から白塔を望む



玄奘法師の像

 広い北海公園をぶらぶら歩いていたら、ある寺院のような建物(名前は失念)のなかに、たくさんの法師の像が並べられていて、西遊記でおなじみ玄奘法師の像もあった(右上の写真)。

 わたしが勝手に思い描いていた「玄奘法師=夏目雅子」のイメージは崩れたが、本物の顔をおがめてとても嬉しかった。

 わりと太り気味なのはショックだったが。

カテゴリー: 北京旅行記, 旅行

北京旅行記 – 3 観光名所のことなど(上)

名所めぐりの前に

 最近の北京は、政策のもとに模範都市としての開発が盛んで、いろいろなところが工事されている。古い集落や民家が取り壊され、地下鉄、高速道路、高層ビルなどが次々につくられている。

 そのため経済的にも発達したが、都市と農村の経済格差はひどくなり、日本円にしてひと月一万円くらいの稼ぎしかない人々もいるらしい。職にあぶれて、スリ、強盗、置き引き、かっぱらいなどを行う人もいて、治安は日本のそれとはだいぶちがう。

 ホテルを出てぶらぶら歩くと、見事なビル郡のすぐとなりに古いレンガ造りの住宅が見られたりする。経済格差のコントラストはこんなふうにして実感したのだった。

 中国というと露店にある屋台で食べものが売られているイメージがあり、ぜひ食べてみたいと思っていたのだが、ガイドの話によると、それは低所得者が食べるものであって、現地の人でもふつうは利用しないらしい。

 そのての屋台は粗末な食材でつくった料理を洗ってない食器で出したりするので、お腹をこわすかもしれませんよ、と注意された。

 余談になるが、そのガイドから北京では浮気が流行っていることも聞いた。ふつうのサラリーマンでも、たいていひとりは愛人がいるらしく、いないと魅力のないヤツとして同僚に笑われるというのだ。

 それを聞いて、私が「すてきな文化ですね」と皮肉まじりに答えたら、いっしょにいた連れ(恋人ともいう)は恐い顔をしていた。



取り壊された家



レンガ造りの民家



片やマック、吉野家もある

天安門とその広場

 開発が進む北京でも、故宮をはじめとするさまざまな文化財は、細部を修復するなどしてしっかり保存されている。海外からの観光客も多く(私もそのひとりだが)、何語をしゃべっているのかわからない外国人をよく見かけた。

 英語圏の人にたのんで写真を撮ってもらったら、シャッターを押すときのかけ声に「イー、アル、サン」と言われた。我々がアメリカ人とイギリス人の顔を区別できないように、彼らも我々を中国人だと思っていたらしい。

 天安門および天安門広場は、本当に巨大でだだっ広かった。広場は面積が40万平方メートルあり、世界最大の空間と言われているが、馬鹿みたいに広いだけで、これといった見どころがあるわけではない。これをつくった人の偉大さには感動して声も出ない。

 広場には日光や風をさえぎるものがないので、夏は暑く、冬は寒い。寒かったのですぐ故宮に移動した。



世界的に有名な天安門、でかい毛沢東の肖像画が飾られている。



その直線状にある天安門広場、広場の夏の気温は50度以上らしい。

故宮博物院

 北京でいちばん有名な観光地はここだろう。映画『ラストエンペラー』の舞台でも有名。高さ32メートルの城壁と、お堀の護城河にぐるりと囲まれた城で、城内の面積は72万平方メートル、約9千間の部屋がある。

 元・明・清の三代王朝の宮城で、紫禁城と呼ばれる。この紫は「天帝の座の紫微垣(しびえん)」の意味である。と広辞苑に書いてあった。

 故宮は南の「外朝」と北の「内廷」に分かれている。入口の午門から入ってすぐの外朝は、大きな政治的行事を行うところで、出口の近くにある内廷は、日常勤務を執ったり、皇帝や皇后貴妃たちの住む後宮がある。

 ちなみに内廷の宮殿には皇帝のおメカケさんが3千人ほど住んでいて、皇帝は一日ごとにちがう女性と「夜のお勤め」をしていたらしい。ガイドが言うには、そのせいでみんな早死にしました、とのこと。

 皇帝の夜の激務を想像すると生つばが出てくる…なんてことはまったくないが、つくづく人間はすてきな生きものであると思わずにはいられない。

 ところで、これも働きすぎの過労死になるのだろうか。



外朝のはじめにある太和門

 外朝は政治的行事の場所だけあって広大なスペースがとられている。とくに太和門から太和殿につづく広場は、『ラストエンペラー』で、たくさんの王侯貴族や文武官たちが一斉にひれ伏したところである。

 上の写真の太和門は、中国最大の宮殿建築の木造門だが、火災で焼け落ちたあとに再建されたもので、当時の美しさは損なわれているらしい。

 太和殿も、落雷と、李自成ひきいる農民軍の放火で2度も焼け落ちている。木造は火に弱いのである。そのため故宮には、貯水用の巨大なカメがいろいろなところに置いてあった(現在は使用されていない)。

 それから外朝は中和殿、保和殿とつづく。いずれも装飾は美しく、ガイドによれば、装飾をつくる際、その職人が少しでも失敗すると殺されたらしい。職人が命をかけた装飾は、現代でも変わらず輝きを放っている。

 内廷に入ると建築物の装飾に少しだけ生活味が出てくる(ような気がした)。坤寧門を出ると、そこから宮廷式庭園の御花園になっていて、さまざまな植物やめずらしい石が集まり、ここで皇帝は四季を楽しみ、遊んだようである。

 故宮は、ひとつの建物から次に移るだけで10~15分はかかるのに、トイレが少ないないので、もよおしてきたらためらわずに行っておいたほうがいい。漏らしてしまえばこれが本当の失禁城、なんて冗談はともかく、72万平方メートルはダテじゃないのである。



装飾は数と繊細さで圧倒する



御花園にある岩山

 前回でもふれたが、中国での買いものは充分に注意すべきである。しかし、私は休憩によった故宮の土産物屋でぼったくりにあった。しかも店員はテレビショッピング顔負けの海千山千で、ほいほい話を聞いてるうちに、なんと掛軸を買わされてしまったのである。

 その周到な手管をぜひ解説したいところだが、そんなことができるなら、そもそも掛軸は買ってない。日本円で一万円もする掛軸など絶対に買ってないのである!(涙まじりに)

 しかし掛軸にはこれと決まった価格がなく、自分が気に入っただけの評価の値で買えばよろしいと『地球の歩き方』に書いてあるので、正確にはぼったくりとは言えないかもしれない。ただ、掛軸を見るたびに口惜しさがこみ上げるので、実家に土産として送っておいた。

 良くも悪くも、この旅行で最大の思い出になったことは言うまでもない。しばらくは実家に帰って掛軸を見るたびに赤面するだろう。

 いまでも連れには「かけじく、かけじく」と馬鹿にされている。



故宮外側の南から北への城壁、パースの勉強になりそうな直線。



ラストエンペラーの甥、ちょうど練習中だった。

カテゴリー: 北京旅行記, 旅行