いないいない病、アニメ『のだめカンタービレ』第8話

 「いないいない病」は、誰が名づけたんだろう。

 全米各地で、ミツバチの巣から女王バチを除く大半のハチが突然消える異常現象の報告が相次いでいる。ミツバチの「いないいない病」と命名された異常現象は昨秋以降、東海岸から西海岸へと広がり、被害地域は20州を超えた。
(中略)
 原因について、教授は「はっきりは分からないが、感染性の病気でハチが大量死しているのではないか」と言う。

(asahi.comより引用しました)

 そもそも異常現象だし、原因が感染性の病気かもしれないという段階で「いないいない病」ってへんじゃないのか。「病」ではないんじゃないか。

 そんなことはともかく、ことばの「くり返すといい感じ病」は、どこかしらユーモラスで面白いと思う。むかしは『ダンス・ダンス・ダンス』とか『バン・バン・バン』とかのように「三回くり返すといい感じ病」が流行っていたと知人のおじさまに聞いたことがある。まったく、この世はドテチン・ドテチンである。

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 アニメ『のだめカンタービレ』の第8話を見た。絵コンテ、演出、作画、すべて良い。文句なしに面白い。カサヰ監督の作品は、基本的に絵コンテで芝居を要求せず、止め絵でも成立するように設計するのだけども、この回は芝居で楽しませてくれる演出だった。たとえば、エリーゼが千秋のくちにジャーキーを押しこんで食べさせる場面はふきだして笑ってしまった。

 勉強家で努力家の千秋は、その性格ゆえに完璧主義だが、さまざまな出来事や出会いをとおして音楽の奥深さに出会い、「正確さ」や「計算」の音楽から、少しずつ「カンタービレ(歌うように)」の音楽へと向かうお話が、『のだめカンタービレ』である。そういうテーマ的に見れば第7話はかなり重要な回だったはず。しかし、あきらかに急ぎすていた。この第8話のようなペースでじっくり描いたらよかったのに、と思わないでもない。おそらく第8話の安定感はスケジュールの回復が大きな理由だろうし、つくり手だってそんなこと百も承知だろうけども。

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のび坊主、アニメ『のだめカンタービレ』

 いろいろと忙しくて、のび放題の坊主頭を手入れすることもままならない。いまわたしの頭は、坊主がこんもりと丸く大きくなっていて、さながら「にせアフロ」といった按配である。うつ伏せでまくらに顔面を押しつけないかぎり、どんな寝方をしてもおかしな寝ぐせがつく。ロードバイクのヘルメットをかぶると、頭のでっぺんが『おでんくん』みたいにへこむ。しかし、ほったらかしだ。どうしようもないほど精神的にも肉体的にもまいっている。

 逆に考えると、坊主のようすを観察すれば、わたしの調子がわかる仕組みになっている、とも言える。坊主レーダーである。

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 アニメ『のだめカンタービレ』の6話、7話を見た。6話は、はっきり言って荒い。でもテレビシリーズだからあるていどは仕方なく、重要な話数に当たらなかったことをよろこぶしかない。このキャラクター・デザインは、微妙なニュアンスをひろうのがむずかしく、どちらかと言えば似せにくいタイプだろう。たとえば髪の毛のフォルムとか、服のシワとか、描く人によって大きくちがってしまい、そこらへんがちがうと、なんとなく「似てないなあ」と感じてしまう。原作の絵に寄せていて、わざとアニメっぽいフォルムにしてないのが理由のひとつだと思う。

 7話はつめこみすぎで、二回に分けた方がよかったんじゃないかと思えるほど、それぞれの描写が足りず、あっさりしている。とくにロマンティックな描写はぜんぜん尺が足りてない。このぎりぎりの抑制されたロマンスは、表現的には恥ずかしいくらいこってりやっていいと思うのだけども……。たとえば、くちびるに軽く透過光をのせる、とか、フィルターをかける、とか。あくまで表現的に濃く、描写的には抑制した描き方がほしかった。

 のだめの実家あたりの「後ろから抱きしめる」ところは、ぜひがんばってほしい。抱きしめられて驚くのだめの表情のアップから、一気に引いて、夕暮れの強い陽射しにシルエット気味になったふたりをロングで捉える。うしろの海(川?)の水面が、ただ、きらきらと光る、みたいな。見てる人が「きゃー」と言いながら、両手で顔をおおい、指のすき間からテレビを眺めてしまうほどの、強烈なやつをお願いしたい。

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『どろろ』のつづき

 映画『どろろ』で、いちばん良かった場面は、股間を蹴られた百鬼丸が痛がるところだった。百鬼丸はからだのパーツを48匹の妖怪に奪われていて、にせもののパーツでおぎなっている。ふしぎな技術によってつくられたにせもののパーツは、ある意味で無敵で、たとえば、にせものの心臓を刺されても本物じゃないから痛くもないし死んだりもしない。

 そういう設定になっていることを踏まえて、蹴られた股間を痛がる場面なのだ。つまり、この作品は「ラブ・ストーリー」の部分をこういうかたちで描いてるのだな、とわたしには思えた。そして笑えたのだった。

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『どろろ』を見た

 映画館で『どろろ』を見た。それなりに楽しく見たのだけども、この作品の最大の欠点は、監督が川尻善昭さんじゃないことだ。たとえば、目の模様がある蝶の妖怪なんて、どう考えても箕輪豊さんが原画を担当するパートだろう。子供時代は赤堀重雄さん、どろろの女性らしいところは阿部恒さん、百鬼丸の母は田崎聡さん、カラス妖怪との戦いは小池健さん、木の妖怪との戦いは林秀夫さん、怪獣っぽい妖怪との戦いは浜崎博嗣さんかな、なんてふうに、担当するアニメーターを想像しながら見ると楽しいと思う。もちろん、百鬼丸が赤ん坊のころ、目も鼻もなにもないかわいい姿は兼森義則さんの担当なのだ。ああ、なんて面白そうな『どろろ』だろう!

 アニメーションであれば、そして監督が川尻善昭さんであれば、しょぼいCGなどのもろもろの欠点が逆に利点として、作品のこの上ない魅力になったにちがいない。ただ、西部劇にしてはぬるいし、加藤泰には及ぶべくもないけども、罵倒されるようなひどい作品ではないと思う。

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『BLACK LAGOON』を見た

 アニメ『BLACK LAGOON』の第一話を見た。もっともらしい嘘と、とんでもない大嘘のバランスが絶妙で、安心して見ることができる。大人の仕事だと思う。わたしは原作をまったく知らないのだけど、どう変えたのかは調べてみたい。かなりの頻度で「名ぜりふ」を言わせたがり、ことあるごとに「名場面」を描きたがるような、浮ついた原作ではないかと予想する。

 酒場の場面は絵が洗練されていてうまい。アクション場面は、動きのあるカットよりも、効果的なスライドの使い方におどろいた。シュワルツネッガー、ヴァンダム、セガールが主演するような、そこそこ楽しくスカッとする映画が最近ないな、とお嘆きの方におすすめ。

 『TOKYO TRIBE2』といい『BLACK LAGOON』といい、ベテラン監督が良い仕事していて、「アニメバブルの良心」を見た気がする。ふと『ハリウッド映画史講義』を思い出した。

ホークスの、フォードの、ウォルシュの、あるいはヒッチコックのいかにも強靭な透明さをもはや自分たちのものではないと自覚せざるをえなかった一群の作家たちが、いかにして映画との困難な関係をとり結び、どれほど残酷に映画から引き離されざるをえなかったかをたどりなおしてみることになるだろう。

 アニメーションと無意識に戯れることの可能な時期に作品をつくっていた幸福な作家たち、巨匠たちの強靭な透明さは、もうない。そんなことを片渕須直さんの作品を見て実感した。

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『TOKYO TRIBE2』を見た

 アニメ『TOKYO TRIBE2』の第一話を見た。面白く、そして不気味な作品だった。原作漫画はむかし読んだきりで内容は忘れてしまったけど、たぶん原作を忠実に再現しているのだと思う。原作の構造を「忠実に」、拡大解釈して描いているように見えた。

 ひとことで言えば「外側はぎらぎら飾り立てるが、中身は空っぽ」という構造を脚本・演出・作画・美術のすべてに徹底している。たとえば、日本刀や拳銃はばんばん出すのに、警察は出さない。街中でバットを持ったあやしいやつがいても、それを見るまわりの一般人は大きく描かない。渋谷や池袋という場所をパラレルワールドのような記号性で描く。そもそもSARUのメンバーがどんな「しのぎ」をやってるのか描かない。そのくせ転倒するバイクはカットを割ってじっくり見せたりする。

 また、日本刀で切られた腕が夜空に舞うように、トラックにはねられた人がぽーんと飛ぶように、なにもかにもが軽い世界をつくっている(とうぜん死も軽い)。富と権力を持つパワフルな人物を、そのまんま「からだが巨大」という漫画的な描き方でこなしてしまう。

 すかした感じ、空っぽな感じは、わざとやってるんです、わかっててあえてやってるんです、という雰囲気をまずつくること。それでいてポイントは外さないようにすること。こういう「インテリやくざ」的な演出のこころみは、かっこつけることで逆にかっこ悪くなるという『サムライチャンプルー』の失敗に学んだ結果ではないかと邪推したくなる。アニメって基本的にはかっこ悪いものだから。

 わたしは「人間の眼球を焼くと魚みたいに白くなるぜ!」というすてきな場面くらいしか原作を憶えていないのだけども、SARUのメンバーは煙草を吸わないんだろうか。あと、レコード屋で買うのはCDでいいのか(狙ってやってるのかもしれない)。レコードを書類管理のようにバーっとすばやくチェックする芝居はアニメ的に「おいしい動き」なので、うまいアニメーターに描いてほしいな、と思う。第一話のわりに原画・動画・仕上げが荒いのは残念だけど、エンディングの作画はすばらしかった。

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日々の泡

 アニメーターとして五回目の確定申告は、あとは提出すればいいだけになった。まったくもって、やっかい極まりない作業である。わたしは収入が少なく、配偶者はなく、住宅ローンを払ったりしてないから、まだ楽な方なのだ。まるで理不尽な暴力をうけているようにも感じる。

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 すでに閉鎖しているのだけど、はてなアンテナに登録しておいた某サイトが更新されたみたいで、アンテナの上の方に引っかかっていた。いよいよ復活かと、よろこんで訪れたら、あいかわらずプライベートモード(閉鎖)のままだった。ブログが雨後のタケノコのように生まれる昨今だが、アニメや漫画の面白い考察が書いてあるサイトは実に少ない。そのなかの数少ない良質なサイトも閉鎖か更新停止の一方である。残念でならない。よく眠れ、くたびれ果てたホーボーよ、いくつもの町を通りすぎるレールの響きが聞こえるだろう、それはホーボーの子守唄。

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 冬物の上着のそで口が、どれもこれものびのびで驚いてしまった。これは妖怪「ゴムのばし」のしわざにほかならない。すっかり毒気が抜けて頼りなくなった某氏ではあるが、こうなった以上はお願いするしかあるまいと、妖怪ポストあてに手紙を投函しようと思ったが、ふと気づいた。わたしは仕事中、いつも腕まくりをしている。妖怪の正体見たり腕まくり。この世にふしぎなことなどなにもない、のであった。

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 すっかり毒気が抜けて頼りなくなった某氏、というか鬼太郎は、全国のこどもから、身近にいる妖怪とか、うわさ話とか、ふしぎな出来事とか、そういうお手紙をもらって、それをネタに作品をつくったらいいのに、と思う。ちょうど都市伝説ブームも来ていることだし。関係ないが、映画『口裂け女』の予告に「花粉症対策ばっちり“口裂け女マスク”付き前売券」とあって、映画館で噴きだして笑ってしまった。これ、ナイスすぎる。

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『のだめ』、『LOST』、出崎統の演出

 アニメ『のだめカンタービレ』の5話を見た。処理演出、動画、撮影と、いろいろ時間が足りなかった感じ。この作品では動いてる場面がめずらしいので竹内哲也さんの仕事ぶりはかなり目立つ。テレビシリーズだから絵的にしんどいのは見逃せるのだけど、たとえばシュトレーゼマンのセクハラ場面の「慎み」のなさとか、リズムを生み出さない割り方とか、不要なPANを連打するところなど、勘どころのちがう苦手なタイプの絵コンテが見ていてつらかった。

 『LOST シーズン1』を10話まで見た。薬物依存症を乗り越えるチャーリーを蛾の脱皮になぞらえて描いた第7話は、ていねいな演出でとても良かった。せまい穴を這い出す姿をサナギに、地上に脱出するところを羽化にたとえているのは教科書どおり。あと、この作品はロックというおじさんが話にからむほど面白くなる。第9話は、みんなでゴルフをする場面で、わきあいあいの雰囲気を強調するかのようにすこんと抜けた画をもってくるところが良かった。いままで印象的なロングを避けてきたのは、もしかしたらこの回のために我慢していたのかもしれない。ゴルフのボールが穴に入るか、入らないか、入りそうだ、なんてカットの次に、目が覚めるようなロングをつなぐのだ。ふつうは穴に寄った画がくるだろう。こんな予想を裏切る割り方は大好き。

 出崎統の演出的な特徴は、とっかかりとして「構造主義的」なところことから語りはじめた方がいいような気がする。感覚的につくっているように見えるが、じっさいは論理的な構造をした作品が多い。たとえば描写に無理がなく、無駄がない。尺があまったり、足りなくなったりが極端に少ない。原作ものの場合、作品に必要な要素を冷静に見分け、かならず取捨選択をする。もちろん作品数が多いので当てはまらないものもあるが、三回PANだの、画面分割だの、情熱的な物語だの、詩的な感性だの、本質を見逃しつづけている出崎語りはいかがなものかと思う。

 そういえば『のだめカンタービレ』は、ときどき出崎演出をやるのが面白い。けっこう的確なので悪質なパロディに見えないのが良いと思う。

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『コースト・ガード』を見た

 お気に入り監督の落穂ひろい、キム・ギドク監督『コースト・ガード』を見た。意識的に「見ること/見られること」を主題にする監督の作品はだいたい面白い、という法則が映画にはある。キム・ギドクもそのひとりだろう。ある人物にとって見たくないものを登場させる。そして心理的には絶対に見たくないはずなのに、じっくり見つめる場面をかならず描く。観客もしんどいが、いっしょに見ずにはいられないのが映画である。そういう意味では「逃げられない暗闇」である映画館で見ないと面白さが半減する作品で、映画的だと思う。

 この映画でもやはり「沈黙」と「暴力」の主題がばっちり決まってて良かった。饒舌な沈黙と、対話としての暴力って感じか。音楽がらみの叙情的な場面は好みじゃないけれど、台なしになるほどではないと思う。泳いでる魚をつかんで生のままがぶっと噛むカットが生理的にきつかった。カットを割っていれば、にせものの魚に取り換えたんだろうと思いこめるのだけど、ごまかしの効かない「悪意ある」ワンカット処理なのだった。

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『キッスで殺せ!』を見た

 『フィルム・ノワール傑作選』より、ロバート・アルドリッチ監督『キッスで殺せ!』を見た。私立探偵マイク・ハマーが事件に巻きこまれて右往左往するお話。あれこれ捜査して秘密を暴いていくのだけども、観客には脈絡のないぶつ切りの情報しか与えられないため、なにがどうなっているのかさっぱり理解できない。ところが観客を放ったらかしのまま、捜査は順調に進んでいく。登場人物と観客のあいだに妙なずれがあり、感情移入をこばむつくり方をしている。だからハマーが「なるほどね」って顔をしても、観客は「なにがなるほどだ!」とツッコミを入れるしかない感じ。このわからなさ加減にそっくりな映画があったなとぼんやり考えながら見ていたんだけども、ホークスの『三つ数えろ』だった。

 初期のアルドリッチは、イマジナリラインを守った切り返しをふつうに使っていて、後期を見慣れていただけに逆におどろいた。ただ、海岸で三人のおっさんがぽこぽこ殴りあう場面などの的確なロングショットは後期に通じる演出だろう。真正面の人物目線と、どんでんの俯瞰で捉えた階段をつないでいる場面でことばを失った。すごすぎる。

 ディレクターズ・カットということで、ラストに少しだけ上映では削られていた場面が追加された、とのこと。たしかに不要だった。この余分な場面のおかげで、『ロンゲスト・ヤード』のトライの場面や、『飛べ!フェニックス』の飛行機のエンジンをかける場面や、『ワイルド・アパッチ』のインディアンに捕まった女を撃つ場面などに共通する「はぐらかし」や「つきはなし」や「投げっぱなし」という、きわめてアルドリッチ的な主題が消えてしまっている。

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