ぼくらは少年演出家
『物理学とは何だろうか』を読む 1/2
朝永振一郎著『物理学とは何だろうか』を読んでます。おもしろい!
ケプラー、ガリレオ、ニュートンはそれぞれ頭文字をとって「毛蟹(ケガニ)」と科学業界では呼ばれていますが(うそですが)、この三人の積み重ねの歴史がいいんですよ。
ケプラーは占星術のデータを使って惑星のぐるぐるまわる軌道が長円だと計算し、太陽を中心にして公転していると気づいた。でも、そもそも太陽が自転する動力がなんなのかはわからなかった。彼は太陽の自転について、こう答えています。
自転は造物主の全能な御力によって起動され、運動霊から力の補充を受けてそれがいつまでもつづくのです。
神秘主義というよりは、錬金術と占星術の時代だったんでしょうね。
ケプラーが天の法則を調べるいっぽう、年上のガリレオは地の法則を調べ、落下運動をしっかりとした観察と実験で見つけます。金属や木製のボールを坂でころがしたりして、時間とともに加速していく法則をつかんだ。でもやっぱり、落下の加速がどうして起こるのかはよくわからなかった。
今ここで自然運動の加速度の原因が何であるかについて研究することは適当でないと思います。これについては色々な学者が種々の意見を提出しており、(略)検討を加えねばならないでしょうが、これによって得るところは少ないでしょう。
と書いています。重力や引力ということばはすでに登場していますが、ガリレオの時代には、時間とともに変化する運動を数式にして証明できなかった。なぜなら微分積分がなかったからです。
そうこうするうちにケプラーが亡くなり、12年後にガリレオも死にますが、ちょうど同じ年に入れ代わるようにニュートンが生まれます。そして、ふたりの見つけた天と地の法則を統一する、ごぞんじ万有引力を見つける。惑星運動も落下運動も、すべて万有引力のあらわれにほかならない!
科学と好奇心のボールがころころと、ピタゴラス、プラトン、アリストテレス、ユークリッド、コペルニクス、プトレマイオスを行きかい、さまざまな原則や仮説をとおりぬけ、あやしげな錬金術や占星術をかすめて、ケプラーの坂をくだり、ガリレオの道をわたって、あいだに宗教裁判なんかもはさみつつ、最後はニュートンまで至った。そこには「万」「有」「引」「力」の旗がくるくる回るのがわたしには見えます。
おお、このなんというピタゴラスイッチ。
この本は、朝永振一郎さんの人柄がうかがえるような文章がまたいい感じなんですよ。
それに、たとえばガリレオの『天文対話』という著作が、彼の代弁者と、柔軟な考え方をする人と、古い考えをつらぬく人の三人がおしゃべりをする戯曲のような構成だということも書いてあります。内容や構成が、空海の『三教指帰』にそっくりでおどろきますね。こういうのもとても楽しい。
ここまでの内容が第一章。つづく第二章は熱と蒸気機関、第三章は原子論になります。
まだ読み終わってませんが、実にいい本です。
細かい話題いくつか
- 2007-11-16 (金)
- 雑記
Wikipedia – 山本寛の参加作品のところに「あたしンち (2007年)絵コンテ※再登板」と書いてある! おどろいてリサーチしたところ、九割がたガセネタでした。かっがり。まさかPレベルの人が知らない情報ではないでしょうし、そもそも2007年はあと一ヶ月ちょっとしかないじゃん。『あたしンち』はそれなりにストックがある安定した作品ですよ。
テレビでたまたまバレーボールの試合を見たんですが、顔のアップが多すぎて笑えました。スポーツに興味のない人を取りこんで視聴率をかせぐにはアイドル化するのがいちばんってことですかね。マスに向けた表現は「王道」と「低俗」の二極化でますます進む、と。アニメだってそうですが。
科学の本はどちらかといえば新しいものがいいんですけど、貧乏な図書館へヴィーユーザーのわたしは古典的な名著をあさる方向でいきます。しかしまあ、教養がないもんで、広いジャンルのどこから手をつけていいか迷いますね。ロウソクの科学とか、ファインマンさんあたりかな? とりあえず朝永振一郎著『物理学とは何だろうか』と、内井惣七著『科学哲学入門』を読む予定。アインシュタインの自伝とかも面白そう。
ちょくちょく女性誌を読むんですが、30歳前後の人を「アラウンド・サーティ」略して「アラサー」と呼ぶそうです。よく海岸に打ち上げられていて現地の人は食べないけど旅行者に出すと珍しがってよろこばれる沖縄の海草、アラサー。森に生えていて甘味が少ないので現地の人は食べないけど鳥はよくついばんでいる沖縄原産のくだもの、アラサー。
ここはアラサー・バイラ世代の平川がお送りするブログでございます。
『非線形科学』読了
蔵本由紀『非線形科学』が読み終わりました。まさか新書を読むのに6時間もかかるとは……しかも理解できないところがいっぱい。
原子や電子、中性子などミクロの不変構造をさぐってきた物理学が、とうとうマクロの複雑な現象のなかにも不変構造をさぐりはじめ、「縮約」などの方法をあみ出す。「縮約」は複雑な現象にふくまれる重要な自由度・変数だけを選び出し、単純なかたちに切りつめ、本質的な情報を失わずに記述する方法。
この「縮約」で文系のわたしが思い出したのはナラトロジーでした。対象がちがうだけでアプローチは似てます。
こういう本はきちんと線形科学を学んで、なおかつ数式を扱えるようになればもっと深く楽しめるんでしょうねえ。興味深くはあるんですが、いかんせん教養が足りないので、びっくりしたり感動したりはできませんでした。残念。
文系っ子、非線形科学を学ぶ
日曜も仕事ですが、おかげで読書もできるのです。
とうとつに理系ブームがやってきたので、蔵本由紀『非線形科学』を読んでます。でも、ごく基本的な科学にもまるきり無知なのでぜんぜん読み進みませんよ。とほほ。
なにしろ、熱エネルギーや摩擦をロバート A.ハインライン先生に、エントロピー増大をフィリップ・K・ディック先生に、カオスやフラクタルを寺田寅彦先生に教わったような、あっしはちゃきちゃきの文系っ子でござんす。てやんでぇ、サーカディアン・リズムが怖くて徹夜仕事のアニメーターができるかってんだ!
ハーレクインもそうですが、あえて未知の世界で遊んでみるのもなかなかオツであります。
ハーレクインとフェミニズム
ノーラ師匠はかしこくたくましい女性を描くとばつぐんにうまいのですが、著作をざっと見渡すと、その職業がカジノのディーラーや女優、モデル、医師というあたりに時代を感じます。女性が活躍できる職種がまだまだ少なかったんでしょうね。
わたしは古いハーレクインしか読んでないのですが、現代的なものだとちょっと変わっているのかもしれません。女性の社会進出は果たせたものの、いまだに残る男性社会の習慣に「女の子は決してアンパンマンになれない」と苦悩するような物語がいまならジャストかな、と思いました。
主人公の女性は、郷に入ればの精神で男性社会の習慣に男性的に立ち向かい、ふと忘れがちな女性性に悩んだり、そこにすてきなヒーローが現れたり、仕事のトラブルを解決したり……なんてあれこれ物語を妄想をしていたのですが、これはハーレクインじゃなくて『働きマン』か。なるほど。
関係ないですが、自分のファッションセンスのなさをとっくにあきらめているような30歳前後の男性、つまりわたしのような人間が、きわめてまじめな顔で「おれみたいなバイラ世代は……」なんて言うと、かなり高い確率で女性の半笑いを勝ち取れますぞ。おためしあれ。自己責任で。
『真珠の海の火酒』を読む
ノーラ・ロバーツ著『真珠の海の火酒』を読みました。すごいなあ。これからはノーラ師匠と呼ぶことにします。
この小説は「お約束」の連打につぐ連打です。お約束は洗練されたパターンでもありますから、わたしのセンスに合わなくてもそこそこ楽しめてしまうんですよね。お約束とお約束のジョイントに人種問題をとりあげてさらっと作家性を見せたりするのもいい感じ。職人芸だと思います。
ラブ・ロマンスを描くという目的がはっきりしているので、後半のホテルの爆弾さわぎや人質さわぎの描写がしょぼくても気になりません。もちろんラブ・ロマンスの描写は思わず「きゃー」と言いたくなるほどこってりしています。
ヒーロー、ジャスティンのセリフがいいんですよ。たとえばヒロイン、セレナのくちびるを強引にうばって、こんなことを言う。
「目を開けてごらん、セレナ。(略)そうやってずっと僕を見ていてくれないか? 僕がキスを終えるまで」
また、ヒロインをベッドに押し倒してから、こんなことを言う。
「どうも、僕たちは行くところまで行く必要がありそうだな」
行くところまで行く! これはget somewhereの訳しそこないか? 困ったことに、わたしはこういうセリフが頭のなかで、なだぎ武さん演じるディラン・マッケイの口調に変換されてしまうんですよね。だから「きゃー&ぎゃはは」であります。
ヒーロー、ジャスティンは混血の孤児という境遇に負けず、カジノホテルを五つも経営するほど成り上がります。しかし若いころにバーで事件を起こしていました。酔っぱらった客に「ここはインディアンの来る場所じゃない」といちゃもんをつけられ、わき腹をナイフで刺される。そして大立ち回りのすえにその客を殺してしまう。
「でも……」セレナが震える声でいった。「それは正当防衛だと思うわ」
ジャスティンは何もいわずに黙りこくっていた。自分を信頼してくれる人間に、初めて出会った気がした。病院で寝ていたとき、殺人容疑で逮捕されたとき、収監されて裁判を待っているとき、彼はセレナのように率直に意見をいってくれる人間を心から求めていた。しかし、そんな人はひとりもいなかったし、絶望感に打ちひしがれた恐ろしくつらい日々が、いつまでも続いただけだった……。
セレナのことばを聞いて、ジャスティンは心の中で冷たく凍りついていたものが急速に解け始めたような気がした。
けっきょく正当防衛が立証されて無罪になったんですが、ジャスティンはからだとこころに傷を負い、愛情や信頼に飢えていたわけです。それをヒロインが包みこむ。この『美女と野獣』のようなお約束、王道パターンの使い方はすばらしい。
ノーラ師匠の本はさくっと読めるので、あと何冊か読むつもりです。いまはアドルフ・ヒトラー著『わが闘争』など数冊を読んでいます。
Janicaのこと追記
いまのところJanicaに反対する理由はないです。だって「具体的にどうするか」は決まってないのですから。webサイトを読むと「なにがやりたいか」という目標は決まっているようです。
1.ネットワーク作り
2.福利厚生
3.アニメーションの更なる充実
4.アニメーターの教育
5.所得の倍増
これら目標はちゃんと実現できたらすごいし、ありがたいと思います。
しかしおそらく、これらの目標を実現するために「具体的にどうするか」を決めるとき、あるいは決まったときに、Janicaは内部分裂するでしょう。これは団体というものの性質を考えると避けられない。とりあえず、そうなるときまで様子見したいところです。もしかしたら見当ちがいの方向に突っ走るかもしれませんし、「具体的にどうするか」が決められない可能性だって大いにあるわけですから。
と、やや遁世系のわたしは考える次第です。鳳よ鳳よ、何ぞ徳の衰えたる。
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Janicaはアニメをつくったらいかがでしょう?
で、つくるときにスポンサーからいくらのお金をもらい、どう分配したかをweb上にすべて載せるわけです。もちろん売上金とその分配、スケジュールなど、もろもろをweb上にすべて載せる。AICの情報流出をきちんとした手順で行うような感じでしょうか。
作品の内容は、『アニメのつくり方』にして、ついでにアニメ業界の現状を描くとか。
ハーレクインに入門する
とうとうノーラ・ロバーツの『真珠の海の火酒』を買ってしまいました。ノーラはごぞんじのように、世界的に有名なハーレクインの巨匠です。
このところ好みの本だけ買って読むのにも飽きたので、思い切ってジャンプしました。古代中国、古代インド、中世の説話、SFコンタクトもの、ヤクザの世界から、いっきにカリブ海をクルーズする豪華客船のなかへ。ちょっと飛びすぎか。
ノーラ・ロバーツと、同じく巨匠のリンダ・ハワードのどっちを買うかで迷いました。どうやらリンダの本は絶倫の男がコンドームをばかばか使うような内容らしいので、怖くなってノーラを選びました。
たぶんハーレクイン文庫にも「これだけは読んでおけ!」という名作があるんでしょうね。未知のジャンルに挑むときは、個人的な嗜好が入っててもいいから、なんらかのガイドがほしいと切実に思いました。
しかしまあ、本屋のハーレクイン・コーナーでむさくるしい三十歳手前の男児がけんめいに本を選んでる姿は、さぞかし気持ち悪かったことと思います。知人の方々はわたしがハーレクイン・コーナーでしかめっ面をしているのをまんがいち見かけても、知らんぷりしていただけるとありがたいです。
ラジオっ子
- 2007-11-01 (木)
- 雑記
いつもラジオを聴きながら仕事をしてるんですが、むかし料理家ケンタロウの短い番組が面白かったです。たとえばこんな会話:
ケンタロウ 「きょうはエビ料理!」
アシスタント 「いまがおいしい季節です」
ケンタロウ 「エビはみんなが大好きだからね!(お得意のフレーズ)」
アシスタント 「いや、嫌いな人もいますよ」
ケンタロウ 「そうかな? エビは大人も子供もみんな好きだよ」
アシスタント 「アレルギーの人とか」
ケンタロウ 「まあそうだけど……とにかくエビはうまい!」
ただでさえラジオの料理番組は不利なのに、これくらいかみ合わないと、かなりシュール。さすがに笑いました。
最近は『SCHOOL OF LOCK!』内のチャットモンチーの番組に期待してます。ドラムの人が幕末好きらしく、番組冒頭でいきなり「おもしろきこともなき世をおもしろく」と、高杉晋作の辞世の句ではじまったりするんです。それから、ああだこうだ、ひとしきり幕末の話をして、曲紹介になる。
ドラムの人 「それでは一曲、お聴きいただきましょう。海援隊で『竜馬かく語りき』!」
曲のイントロが流れはじめる。
他メンバー 「音楽ストップ!」
ドラムの人 「なんで? うちらの目指す音楽はこれやろ?」
チャットモンチーのことは実はよく知らないんですが、若い女性が幕末トークをしたり、海援隊を聴いたり、『竜馬かく語りき』のダサい機械ドラムにツッコミを入れたり、間のいいボケをかましてる姿に、わたしのようなおじさんはキュンとしてしまうのです。
たぶん、ラジオの話はほとんどの人に通じないと思いますが、書いてみました。
荒野の『ストレンヂア』
アニメ映画『ストレンジア』を見に行こうと思い、Yahoo師匠にたずねたところ、師匠はそんな映画はないとおっしゃる。はて、おかしいな、と、google先生に訊いたら「もしかして: ストレンヂア」とおっしゃる。さすが先生だ。
というか、公式サイトはまちがったタイトルでも検索できるようにするべきではありますまいか。あと、わたしのようにタイトルをまちがって憶えたまま感想を書いている人はけっこういました。タイトルって重要ですね。
『ストレンヂア -無皇刃譚-』のテアトル新宿での公開は11月2日まで。見逃している方はお早めに。わたしも早く見なきゃ。見ても感想は書きませんが(多くの人に止められているので)。


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