ぼくらは少年演出家

チーズケーキ番長がゆく! tatin(タタン)

うまいもの食べたい人にはおなじみ、吉祥寺のtatinでチーズケーキを買って食べました。しっとりした濃いチーズに、強烈なバニラのかおり。断面を見るとわかるのですが、けっこうな量のバニラが入っています。酸味もほとんどないのでチーズが苦手な人でも大丈夫でしょう。逆にチーズケーキらしさを求めるとひょうしぬけするかもしれませんが、これはこれでスタイルが完成していておいしいです。

tatin 75par fromageはちょっとわかりにくい場所にあります(地図はこちら)。店内はお菓子工房になっていて、こうばしくて甘いかおりで満ち満ちています。tatinに入ると「このかおりは世界中の人をしあわせにする」といつも思います。

小さな店舗でかわいくてうまいものが食べられる通好みな見つけづらいお店でいうと、阿佐ヶ谷のbagel(地図はこちら)に似てますね。ここのチーズケーキもうまいのでいずれ紹介します。

『東洋のこころ』を読む

中村元『東洋のこころ』を読みました。大まかな内容はもくじから明らかです。

もくじ
第一章 神々と人間
第二章 一なるものを求めて
第三章 理法の普遍性
第四章 慈悲
第五章 生きる倫理
第六章 人間関係と相互扶助
第七章 普遍的国家の理想
第八章 大乗仏教の精神
第九章 合理主義の哲学
第十章 インドの論理思想
第十一章 人間のうちに
第十二章 差別対立を超えて
第十三章 世界国家の理想

東洋をあちこち散歩してから、東西の比較などをして、少しずつ意味はちがうけど大きくは同じ「慈悲(仏教)=仁(儒教)=兼愛(墨子)=博愛(西洋)」をとおして宗教・信仰・世界はひとつになれるという大きな理想を描きます。こういう内容にふさわしいラーマクリシュナ・ミッションで終わります。

おのれの思想をそのまま述べるのではなく、たくさんの引用に語らせるところは実に中村元さんらしいと思いました。親しみやすく、からっとした文体もあって読後感はさわやかです。

この本は東洋はインドを中心にあっちこっちへ飛んで語りつくすのですが、西洋のユダヤ・キリスト・イスラームについてはまるで避けているかのようにほとんど語りません。索引にインドラはあってもイエスはない。ふつう「慈悲=仁=兼愛=博愛」とくれば「アガペー」なんてことばがあってもおかしくないところなのですけど。

ほかにも、たとえば聖徳太子の「人はなはだ悪しきはすくなし」を引いて、

どうかすると普遍的な他の宗教でも、極悪人は地獄におちて絶対に救われないと教えます。しかし東アジア、南アジアの宗教では、悪人に対する徹底的な憎しみという観念が乏しく、悪人も悪の報いを受け、その報いがつきるといつかは救われるということを考えています。この東洋思想と西洋思想の根本的な違いを見ると、聖徳太子の言葉は非常に含蓄の深いものです。

と語っています。こういうところに中村元さんの主張が見え隠れしているのかもしれませんね。白黒をはっきりわける西洋と、白黒を混ぜ合わせる東洋のがちんこバトルは、中村元さんのように東洋サイドに立つと、対立していることすらとろけて混ざってしまうようです。

東洋のこころ (講談社学術文庫)

チーズケーキ番長がゆく! ジョナサン

ジョナサンのなめらかチーズケーキを食べました。口に入れるとふわっと溶ける甘いレアチーズと、酸っぱいいちごのソース。甘さを酸っぱさで中和するところがいいです。運がいいときはいちごの果肉が入ってきます。番長は硬派なバンカラなので、こういうふわふわトッピングつきチーズケーキは好みじゃないんですが、口あたりのよさはなかなかのものです。チーズっぽさは薄いかもしれません。

実をいうと番長は週に4日ほどのハイペースでジョナサンでごはんを食べる、誇り高きジョースター家の一員なので、このチーズケーキの評価もちょっと甘めです。ジョナサン大好き。

ドリーム・セット

携帯電話をいじってたら見つけたのでアップしてみます。
しつこいくらい315円を強調するドリーミンなかわいいおもちゃです。

映画『夢駆ける馬ドリーマー』を見る

映画『夢駆ける馬ドリーマー』をDVDで見直しました。おそろしいほど単純な映画です。しかも手垢のついた「夢は信じればかなう」のワン・テーマ。あまりに無茶すぎる。頭の30分でだいたいどういう物語かわかってしまい、その予想は裏切られることなくしゅくしゅくと時間は過ぎさり、まんまと思い描いたとおりのラストをむかえます。

ポリティカル・コレクトネスなどにあちこち目くばせして2~3時間かかってしまう作品よりは、強引にでも単純化して100分ほどにまとめた作品こそがわたしにとっての映画です。この作品は、レース中に転倒して足を骨折した馬が家族のささえもあって回復し、同時にちぐはぐだった家族の絆ももとどおりになる、というような内容なんですが、映画がはじまって10分ちょっとで、もう馬がぐしゃっと転倒するんですよ。映画館で「傑作だ!」と思った瞬間でしたね。また父役のカート・ラッセルを上げるまでもなく、実にアメリカらしい映画でもあります。

初見では気づかなかったのですが、見直してみると、父と息子のエピソードがくどいわりに、奥さんのエピソードが少ないかもしれませんね。場面転換がとうとつなところが多いので、軽く風景をはさんだりすればいいのにな、と思いました。たぶんカットされた場面が多いためでしょう。

元旦の日記に「ひょっとしたら『夢駆ける馬ドリーマー』は去年でいちばん驚かされた作品かも」と書いたっきりだったので、見直したついでにちょいと補足してみました。馬を愛でるなら『シービスケット』を、映画を愛でるなら『夢駆ける馬ドリーマー』をおすすめします。

夢駆ける馬ドリーマー スペシャル・エディション [DVD] シービスケット [DVD]

チーズケーキ番長がゆく!

アニメ業界きってのチーズケーキ番長(略してCCB)になるべく、せっせとチーズケーキを食べています。わたしこと番長は硬派なバンカラなので、かたくてシンプルで濃厚なものが好きです。ふわふわでトッピングが乗ってるような軟派なやつは成敗します(胃のなかに)。

JR新宿南口を出てすぐにある、Sign SweetsのNYチーズケーキを食べました。手堅いおいしさですね。ベーシックながらも下のタルト生地にクルミが入っているところにひと工夫を感じました。番長としてはもっと個性の強い、殴り合いをとおして友情を確かめられるやつが好みですけど、たまには優等生なチーズケーキも悪くないなと思いました。毎日のようにたくさん食べるなら、こういう軽めの方がむしろいいのかもしれません。

同居人がデコピンでわたしの学帽を飛ばし、「てめぇ、TOPSを食わねえでデカイつらすんなよ」とこわい顔を上下に細かくゆらしながら言うので、さっそく食べてみました。なるほど、これはうまいです。表面は甘すぎない生クリームで、中身は濃いクリームチーズ。レモンかサワークリームかわかりませんが、ほどよい酸味がすっきりした後味を残します。生チーズケーキハードの小さいもので900円くらいと、お値段はそこそこしますけど、量もそれなりに多いです。わたしはぺろっと平らげてしまいましたが。

チーズケーキ番長はこのところメタボリックな体型を気にしているので更新はひかえめにするつもりです。

中華そば屋伊藤

王子駅から20分くらい歩いたところにある伊藤でラーメンを食べました。休日の昼間だというのにシャッターを下ろした店の多い、さみしい商店街にぽつんとあるお店です。伊藤はけっこうな有名店なので、お客さんはひっきりなしに来ていました。

わたしはどちらかと言えば、家系やとんこつなどのこってりしたラーメンが好みです。たとえば高円寺の創家、阿佐ヶ谷の萬福本舗、田無の宝によく通っています。でも、このところ年齢のことやメタボリック気味な体系のことを考えて、あっさりダシ系も食べていこうと決めました。そういうわけで、ダシ系の革命児こと伊藤におもむいた次第。

伊藤のラーメンをひとくち食べてみた印象は、正直に言えば「まあ、こんなもんか」でした。が、それから箸が止まらず、あれよあれよという間に完食。大盛りのスープ増しでしたが、どんぶりを持ち上げて最後の一滴まですすっていました。トッピングがネギだけなので、こってり系を食べなれているわたしには満足感が足りなかったことは確かですが、うまかったです。気づいたら食べ終わっていたという感じ。

家に帰るとちゅうも、それから風呂に入って寝るときにも、胃から吐く息をとおしてほんのり魚のかおりがするほどの濃厚なスープです。あっさり味なのに濃厚っていう表現はへんですけど、そうとしか言えません。自家製の麺は太くてストレートなやや硬いタイプ。

家が遠いのでちょくちょくは通えませんが、また食べてみたいラーメンでした。

統計的なわたし

Amazonできょうの朝8時に『Duo 3.0』と『遮那―水のながれ光の如く』を購入したら、21時ごろ商品が家に届きました。あまりに早すぎる。『Duo 3.0』はいいけど『遮那―水のながれ光の如く』は2~3日以内に発送だったはずなのに。

Amazonのおすすめ商品はいい線を突いていると思いますが、その人が「どんな商品を買うか」を統計的にわり出すのはもうあたり前で、すでに「どれくらいのペースで購入するか」や、いやもっと具体的に「いつなにを買うか」なんてこともわり出されているような気になりますね。これだけ早いと。

もちろん商品が早く届くのはありがたいんですけど、なんか気持ち悪い。そのうち購入ボタンを押したとたんにインターフォンが鳴りそうです。明らかに家の前でスタンバイしている。あるいは、家に帰るとちゅうで配達人に会ってしまうかもしれない。そして、「あなたは数分後にこの商品を買います」なんて言われる。ああ気持ち悪い。でも、ありがたい。

統計的にわり出されたわたしが、このわたし以上にスマートでセンスよくなればいいのに。そうしたら統計的なわたしが、わたしのロールモデルです。もう、なにを買うか、なにを追いかけるかで迷うことはありません。だって統計的なわたしがすべてを決めてくれるのですから。いやになるくらいの自由です。

泡のような話

ウディ・アレンの映画『タロットカード殺人事件』を見てきました。無意味ジョークの連発があいかわらずで懐かしかったです。ウディ・アレンの映画はほとんど見ていますが、映画監督というよりは、おもろうてやがて哀しき作品をつくるコメディ作家だと思ってます。

ウディ・アレンは若いころからおじいちゃんっぽいので年齢を重ねてもそれほど印象は変わらないのですが、この映画ではさすがに年を感じました。言いよどむ様子が立川談志さんにそっくり。ことばをくり出すリズムは芸として確立されているのに、リズムどおりにことばが出てこない、そのもどかしさ。

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TBSラジオで土曜日21時からの「怪ラジヲ」がやばいです。怪獣の声についてああだこうだ語るコーナーとか、替え歌コーナーとか、あんまりにもあんまりです。30分じゃ足りないので二時間枠にしてください。

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科学とか物理の話をすると同居人がろこつに嫌がるので面白いです。そういうアレルギーはわかる。量子力学の話をすると「仏舎利のあれか?」と京極夏彦ネタを言うので、「多世界解釈というものもある」とグレッグ・イーガンのネタで答えるような感じです。

ちなみに、連日『物理学とは何だろうか』の感想を書き、それぞれのアクセス数は1000以上あったのですが、本のリンクをクリックしたのは「0」人でした。みんな興味ないのか……ここは、そこらへん、おかまいなしのブログなんですけども。

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いずれブログのコメント機能は停止する方向で考えています。いまのところは荒れもせず、おもしろいですね。

細かい話題いくつか」では、まっつんさんのコメントで、山本秀世さんを山本寛さんとまちがえた番組表のことについて、あれこれ妙な方向に考えが飛び火しました。同居人は事情があってGガイドに詳しいので、こんど聞いてみます。

宮元啓一さんと仏教」では、コメントに宮元啓一さんが登場。もちろん本人かどうかはわかりませんが、不利な質問に答えないあたりは哲学者らしい(?)態度だと思いました。こういう場合はこちらがボロを出すとすぐに突ついてくる哲学者の習性を使って、わざとボロを出し、しかるべき発言を引き出し、論破する、という流れがベストかもしれません。

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アニメのえらい人とお金のことでおしゃべりすると勉強になりますねえ。制作費とかのことです。

たとえば、すでに某作品は、いままでの素材を使いまわせばつくれるんです。一本あたり八割がたBANKでなんとかなる。これはつくっている人みんながわかっています。しかし、制作費が助かるという理由で本格的に使いまわしをはじめたら、食っていけない人がたくさん出てしまう。だから使いまわしをやりたくてもできないわけです。

タロットカード殺人事件 [DVD]

『物理学とは何だろうか』を読む 2/2

朝永振一郎著『物理学とは何だろうか』が読み終わりました。充実した読書体験でした。ありがとう朝永先生。

第二章は、ワット、カルノー、トムソン(ケルヴィン卿)、クラウジウスを駆けぬけて熱力学がどのようにつくられたかの歴史になります。これがおもしろい、いや、熱い。

カルノーサイクルという効率を最高にまで高めた理想機関から、第一種の永久機関はつくれないことと、火力機関で取りだせる仕事には限界があることの証明は、文系のわたしでもわかるように書いてある手さばきがお見事のひとこと。ありがたや。あれこれの功績を残したカルノーは、コレラを患ってわずか36歳で亡くなったそうです。

その死後すぐにマイエル、ヘルムホルツによって「エネルギー保存則」が確立される。この保存則にしたがうなら熱がそのまま仕事に変換されてもいいはずなのに、じっさいには仕事を取りだすには高温のほかに低温も必要になることは変じゃないか? とケルヴィン卿は悩む。そこにクラウジウスが登場、そういう奇妙な性質を「それが熱の本性なのだ」と受け入れた。

ふつうに考えても「熱は自分自身で低温から高温に移ることができない」という法則を数式で表すのはむずかしいことはわかります。そこでクラウジウスはエントロピーという不思議な概念をつかまえて、これを使ってようやく数式で表し、熱力学の第一法則と第二法則をかたちづくった。天才的な発想ですが、やはり10年もかかったそうです。

カルノーはものが熱くなる理由を「熱素」のせいだと勘ちがいしていたので、ジュールにけちょんけちょんにやられたんですが、クラウジウスが第二法則をちょいと使って、過程はともかくカルノーの結論はそのまま成り立つのだ、と汚名挽回する。やったぜカルノー! これによって第二種の永久機関もつくれないことがわかった。

熱力学の第二法則では、エントロピーが「増大する」と言われますが、どんどん増えたりするのは、そこに時間が流れているというお約束がある。過去から未来にむかって時間の矢がどんどん進んでいるらしい、とわたしなどは素朴に信じているわけですが、そもそも時間ってなに? どういうもの? と考えるとき、これが重要になる。

閉鎖系ではエントロピーは増大するが減ることはない。そこでエントロピーが増えていく方向が時間の進む方向ではないか、と仮説が立てられる。この本では、ユークリッド空間とニュートン力学をベースにしているので、ここまでです。アインシュタインは登場しません。

さて、これで熱の法則はだいたいわかりましたが、じゃあものはどうして熱くなるの? というわけで第三章の原子論に進みます。原子は目に見えないので、ここから物理学は本格的に、知恵と勇気と勘の「冒険」をはじめるのです。

***

まずボイルが錬金術と化学をしっかり分けて、化学を粒子哲学のために役立てたいと願った。それから一世紀半もかかってドルトンが原子論を考える。化学の「定比例の法則」にピンとくる。水素2と酸素1でH2Oの水ができるやつです。わたしたち人間は原子のかたまりを見ているけど、それをばらばらにしていったら最後に分解できないものが残るはずだ、と。

ドルトンが考えた理論はちょいとまちがっていて、アヴォガドロの大胆な仮説と、ゲイ=リュサックの緻密な実験によって修正される。ベルツェリウスがたくさんの元素の原子量を決定する。

さらにボルツマン、マックスウェルが、マッハ、ツェルメロ、ロシュミットに反論を受けたり、『Nature』誌にて激しいが建設的な論争が行われたり(文系のわたしは人格攻撃ばっかりの論争を知ってるだけにうらやましい)、いまだに証明されてないエルゴード理論を考えたりする。

当時は「原子という目に見えず触れないものをあつかうなど空想にすぎない、これでは思弁哲学へ逆行だ」なんて反論があったそうです。原子論の証明にはおもに気体が使われたんですが、ある初期状態からはじまって気体が拡散したり、熱伝導したりする実験はやはり目に見えないわけで、力学といっしょにあやふやな確率論を使わなければならず、かなりの知的冒険だったようです。空想だという反論はもっともでしょう。

ともあれ、あやふやな確率論を使った仮説であっても証明していくしかないので、知恵と勇気と勘をもとに実験をくり返して、ようやく原子というものをみんなが認めざるをえなくなる。熱は分子の運動であることもわかり、また原子論からさまざまな法則が導かれていく。

そしていよいよ物理学は、観察する「人間」を無視することができなってくるわけです。ここらへん、この本の実に面白いところなので興味のある方はぜひ。

***

この本は電磁気学や相対性理論については書いてないんですが、ざっくりと古典物理学の見取り図が完成しました。

それにしても、わたしは読むのに時間がかかりすぎだし、数式が出てきたらまったくのお手上げなのが悲しい。朝永先生は「高校物理の程度だから練習問題としてこれを証明してごらんなさい」と軽く言いますけど、何度も量子コンピューターおばあちゃんに助けをもとめましたよ。わたしは脳内プランク定数の小さい人間なのです(覚えたての科学ジョークはきれが悪い)。

お次は、電磁気学や相対性理論をはさんで量子力学にいく予定ですが……もう数式を使わないでいるのも限界でしょうねえ。ここから先は、きちんと数式を学ぶか、通俗的解説本だけで浅く理解して終わるかの二者択一になりそうです。量子力学にかかったら、人間がマクロの世界に慣れているから信じこんでいるだけで、古典物理学など幻想にすぎないですから。このちゃぶ台返しをこころから楽しむには、それなりの投資が必要。

最後に、本の解説にあった朝永先生のおもしろいお話。翻訳は、原文から訳文は生まれるが、訳文は必ずしも原文にもどらない。非可逆である。だから「翻訳によってエントロピーは増大する」! こういう専門家のおしゃべりは大好きです。

物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)

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