小話 Archive

twitter-log 立川談志

  • 2008/03/29
    「ゲエム(エにアクセント)」、「モデル(デにアクセント)」、「ドラマ(ラにアクセント)」は茨城弁にそっくりと立川談志さんが言っていて笑った。東京中が茨城弁になってやんの、ざまあみやがれ、と。高度に発達した東京弁は方言と見分けがつかない。
  • 2008/06/11
    立川談志といえば、TVタックルにゲスト出演したときのことを思い出す。顔がわからないように仮面をつけ、一時間のあいだ一言もしゃべらず、たまに素早く手を上げ下ろししてみんなを驚かす、というハードコアなスタイル。子供ながらに「やばいもの見た」と思った。

The Animator Formerly Known as …

胸元がV字に大きく開いているトレーナーを着ていたら、同居人から「おい、セワシ君」と呼ばれた。先日は「おい、ダメ太郎」、さらに前には「おい、おまる」と呼ばれた。もちろんすべてに返事をした。

わたしを呼んでいるとわかれば、どんな名前で呼ばれても返事をすることにしている。しかし、たとえば「おい、大鶴義丹」のような中途半端にウケをねらったようなものには絶対に返事をしない。もし緊急の用事であっても、絶対に、である。

この差はわずかだが、そのゆずれない一線にこそ、わたしがあるのではないかと思っている。

汝、もし戦わば

もし自分が、万引き・痴漢・下着泥棒をつかまえて表彰されるとしたら、どんなコメントを言ったらいいだろう。私は日々そんなことを考える馬鹿者である。

知恵熱が出るほどけんめいに考えたおかげで、ひとつアイデアが浮かんだ。

「私が○○○をしに行ったところ、先にやっているふとどき者を見つけた。けしからんと思い、つかまえた」

この○○○には万引き・痴漢・下着泥棒が入る。我ながらすばらしいアイデアだし、マルクス主義者の私にふさわしいコメントだろう。

これで表彰される準備は整った。あとはつかまえるだけである。そのためにも○○○をしに行こうと思う。

花粉症対策

いっとき花粉症っぽくなって心配していたが、いまはシーズンになってもまったく症状が出ない。たぶん勘ちがいだったんだろう。たまにひどい症状に苦しむ知人から「どうしてお前は花粉症にならないのか」と恨みごとを言われる。そういうときは、

「あまり息をしてませんから」

と答えるようにしている。

n人目のビートルズ

ふと思いついたブリティッシュ・ジョーク(?)。

「ジョージ・マーティンは”4人目のビートルズ”と呼ばれている」
「もともとビートルズは4人組だ。リンゴ・スターに失礼だぞ!」

Wikipediaの「5人目のビートルズ(日本語)」では候補が6人ほどだが、「Fifth Beatle(英語)」ではつくり話もふくめて候補がうじゃうじゃ挙げられていて、ちょっと笑った。

おそらく故郷のリバプールには数千人単位の”5人目のビートルズ”がいるんだろう。貧乏なときに食事をおごったFifth Beatle、あの曲は俺の鼻歌だったと言いはるFifth Beatle、などなど……。

ニンテンドーDS進化論

ニンテンドーDSが手帳になれば毎年買わずにすむし、手書きでメモもできるし、便利だと思います。ついでに電話ができて、ネットができて、動画や音楽や電子書籍が再生できれば言うことなしです。手帳をネットでつないでPCと共有&バックアップもできます。

あと、テレビが見られたらすてき。あれくらいの画面の大きさは必要ですからね。もちろんラジオだって聞きたい。こうなれば、ニンテンドーDSはいよいよiPodや携帯電話やノートPCをひとつにまとめて、ゲームもできる万能機になります。

もういっそのことsuicaとくっついてしまえばいいんです。Tポイントとかマイルも貯まってしまいなさい。あちこちの店でもらう各種スタンプカードもみんな合体せよ。機体のはじっこからハサミや栓抜きやドライバも飛び出せ。ロボットに変形して地球崩壊を回避せよ。それを映画化して全米でヒットを飛ばせ、ニンテンドーDS!

ガンダム社長

 電車のとなりの席に、サラリーマンっぽい人が、文庫本を開いたまま居眠りをしていた。どんな本か気になって盗み見ると、「三国志に見る経営戦略」みたいな内容で、魏の曹操はうんぬん、と書いてあった。

 やっぱり会社のお偉いさんといえば、武将と三国志なのか、とひとり納得。もうあるかもしれないけど、世代的に「ガンダムに見る経営戦略」なんて本が出版されてもおかしくないな、と思った。わたしは『機動武闘伝Gガンダム』しか知らないので、気のきいた例は挙げられないのだけども、三本の矢のエピソードのように、鏡だってたくさん集まればソーラー・システムだ、というような、まあ、なんというか、そういうのがいろいろあるだろう。アニメーターのくせに無知で申し訳ありません。

 しかし実際、武将とか三国志のたとえ話で説教されたら、部下はたまったもんじゃない。武将や三国志に興味がなければなおさらである。ガンダムだって同じで、興味がない部下にとってはチンプンカンプンなたとえ話に「アニメで説教かよ」なんて愚痴をこぼしたくもなるだろう。口が裂けても「わかりません」と言えないのが部下のつらいところだ。

 ガンダムの説教なら「わかりません」を「ミノフスキー粒子のせいで…わかりません」などと言い換えれば、なんとかなるかもしれない。

『サザエさん』のセカンド・ステージ

 JAバンクのテレビCMがすごく気持ち悪い。サザエさんたちが、ぬるぬる動くのだ。

 もちろんサザエさんだから、俯瞰やアオリはなくて、顔の傾き方もいつもとかわらない。でも、魚釣りのジェスチャーをしたり、ピチピチ飛び跳ねる魚を持ったり、踊ったりと、ぬるぬる動く。なんだろう、この気持ち悪さは。

 たぶん、もう、サザエさんはなにをやってもヘンなんだと思う。テレビアニメのあの姿が日常的になってしまったので、歌ったり踊ったりする姿にはたいへんな違和感がつきまとう。JAバンクのCMをつくったディレクターにはその確信があったんだろう。目立ったもん勝ちのCMで、この違和感はインパクトがあるぞ、使えるぞ、というような。

 つまり、ここにきてやっと、わたしたちは『サザエさん』を発見したのだ。安定しているせいで逆に不安定になった価値が、まだまだ眠っているだろう。『サザエさん』がこれからどうなるのか、どうなっていくのかは、誰にもわからない。

 『サザエさん』は、海の物とも山の物ともつかないアニメになったのである。

すばやく言った

 きょう朝起きてすぐに、身支度をしている同居人にこんな小話をした。

 子供が親に「オシッコがもれそう」とせがむ。親が「なんでもっと早く言わないんだ」と怒ったら、子供は「オシッコオシッコオシッコ」と、すばやく言った。

 この小話をどこで知ったか憶えてないが、けっこう気に入ってる。今朝、ふと思い出したので話してみたのだ。ところが同居人は「朝っぱらから小話かよ」と、いそいそと支度をしていた手を止めて、あきれた顔をする。日ごろのうっぷんが爆発したのか、お説教がはじまってしまった。

 「朝は一分一秒がもったいない」とか「社会人は時間の自由なアニメーターとはちがうのだ」なんてことを夢中で語る同居人。しゅんと聞いていたところに「もっと気の利いたことを言え」と忠告されたので、気を利かせて「遅刻だよ」と時計を指さしたら、青ざめた同居人に「なんでもっと早く言わないんだ」と、またまた怒られた。

 わたしは「遅刻遅刻遅刻」と、すばやく言った。

背中ばかり見ている

 仕事ばかりしていた一日、略してしごばか、パート・スリー。

 いまだにわたしは『ごきげんよう』を見るときがあります。サラリーマンの方々は『笑っていいとも』なら見られるかもしれませんが、昼休みが終わったあとの『ごきげんよう』は無理でしょう。ここが、アニメーターのいいところです。貧乏人だの、アニメオタクは気持ち悪いだの、うしろ指さされがちなこの仕事ですが、わたしはヘッチャラです。だって『ごきげんよう』があるのだから。その気になれば毎日でも小堺さんに会えるんだぞ、と胸を張って誇らしく生きていきたいと思います。

 きっとあなたはハンカチを引き千切らんばかりにうらやましがっているだろうと思いますが、わたしはなぜか涙が止まらないので、この話題は終わり。

 きのう『仁義なき戦い 頂上作戦』を見てから、刺青で面白いネタはないかな、と考えていた。背中に「般若の面」の刺青をした人のお話はどうだろう。

 彼は鉄砲玉のような性格で、誰よりも先に敵陣に飛びこむし、上層部にたて突いたりもして、かなりやんちゃなことをたくさんしていた。体はいつも傷だらけで、鉄砲で撃たれた穴とか、ドスで切られた痕が、背中の「般若の面」を不気味な笑顔に見せていた。やくざの間で「般若のあいつはやばい」と一目置かれるようになる。
 やがて歳をとり、組織のトップに成り上がる。かつてのやんちゃさは陰をひそめたが、体の傷はまだまだ増えつづけていた。彼の貫禄と、凶悪さを増していく般若のスマイルに、ある者は恐れおののき、またある者は絶対の忠誠を誓った。
 とうとう老人になり、組織は若い衆にまかせて引退する。ぼーっとテレビを見たり、同じ新聞を何度も読んだり、のんびり散歩したり、そんな毎日を送っていた。悪いことならなんでもした彼だが、いまではたまに遊びに来る孫の世話がなによりのしあわせという、平凡な老人だった。ある日、風呂で彼の背中を見た孫が、こう言う。「ねえ、おじいちゃん、この絵の、やさしそうに笑ってる人はだれ?」

 と、こんなお話。要約のやり方がまずかったのか、あらためて文章にするとくさいなぁ…。

 そういえば、12/27の日記で書いた詩も背中のお話だった。背中ばかり見ている。誤解されそうなので断っておくと、「男は背中で語れ」的なことを言いたいんじゃないです。むしろ、そんなこと言うやつは背中が見えてないのだ、と強気で攻めてみたい。ああ、でも、上の「般若の面」のお話を書いたあとじゃ説得力に欠ける。ああ。

 それでは、ごきげんよう。

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