カテゴリー別アーカイブ: アニメ
十字架のような人
聖書のラスト。むごい責め苦を受けつづけ、十字架にはりつけにされたイエスは、その最期に「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と絶叫した。これは「わたしの神、わたしの神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味で、イエス … 続きを読む
演出家と「悟る」こと、評論家と「わかる」こと
断言しまくってますが、あまり本気にしないでください。
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優れた演出家は悟った者である。ものをつくる現場は、あらゆるところで決断を迫られる。たえず時間に追われながら、作品のなかのほとんど誰も注意を向けない細部であ … 続きを読む
映画『死者の書』を見た(3/3)
川本喜八郎監督『死者の書』のことをぼんやり考えていたら、ふと、ふたつの場面がひとつに結びついて、うれしいやら悲しいやら、なんとも言えない不思議な気分になった。
物忌みをしている郎女のところに、死者が「したした」と足音 … 続きを読む
錯視あそび
すでに有名なものですが、さっき知っておどろきました。
http://www.johnsadowski.com/big_spanish_castle.html
画像のなかの黒点を30秒間くらいじっと見つめます。そして視 … 続きを読む
映画『時をかける少女』その3 (3/3)
細かいところで気になったことを書きます。
ところどころ大胆なほどエモーションの流れが途切れるので、感情移入のさせ方にむらがあるな、と感じました。主人公がタイムリープという不思議な能力に目覚めて、それがどうしたら発動す … 続きを読む
映画『時をかける少女』その2 (2/3)
必見の映画です。今後の劇場アニメーションを語るさいには避けて通れぬ作品になると断言できます。いそいそと映画館に出かけましょう。
この映画でついに細田守監督は原理主義者になったな、と率直に思いました。原理となる聖書は、 … 続きを読む
映画『時をかける少女』その1 (1/3)
今年2月13日の日記にて、ある作品のネタばらしに関する謝罪をしました。作品名や監督名が伏せられているこのおかしな謝罪を読んで、へんに感じた方も多いと思いますが、ネタをばらしをしてしまった作品は、いま絶賛公開中の『時をか … 続きを読む
悲劇を回避するドテチン的発想
ある日のわが家のこと。以下、平はわたくし平川、同は同居人。
平 「テレタビーズたちの名前をおぼえてる?」
同 「ラーラとポー」
平 「あとは?」
同 「忘れた。おぼえてない?」
平 「(長い沈黙のあと)たしか……ドテチ … 続きを読む
映画『死者の書』を見た(2/3)
ちょっと前回の感想が重たくなってしまったので軽めに書きます。その前に、前回の補足。シニフィエとかシニフィアンは、ソシュールの言語学の概念で、おそらく、りんたろう監督の本格的な論文を書こうと思ったら、確実に踏み込まなきゃ … 続きを読む