twitter-log 小説『アインザッツ』の寸評

補足:山本寛さんによる小説『アインザッツ』は、雑誌アニメディアで好評連載中。以下は第一話を読んだ寸評である。

  • 2009/07/17
    山本寛さんの小説『アインザッツ』の感想がぜんぜん見つからないですね。みなさん、読まれましたか? 映画史とかアニメ史とか言うわりに文学史への配慮は感じられないなぁ、という感想を私はもちました。もしかした私の知らないライトノベル史に配慮してるのかもしれませんけど。
  • 2009/07/18
    迷ったが、小説『アインザッツ』について、少しだけ書いてみる。主に文章に注目した。内容には触れないのでネタばれにはならないと思う。
  • 2009/07/18
    「新緑」が七月では季節がずれている。文学的うんぬんというなら、たとえば「瑞葉」くらいの言葉が良いのではないか。また続いて「生い茂る樹々から零れ出る」の部分は、最後を「零れる」にした方が良い。このようなリズム感のない文は、著者に古語・漢文の素養がないことから生まれていると思う。
  • 2009/07/18
    地面の陽だまりに「革靴が飛び込み、その都度光の滴が四方に弾け飛び」とあるのに、数行後では「決して軽やかとは言えない足取りでとぼとぼ進んでいた」では、動作の描写がちぐはぐでつながらず、読者の頭の中の像が混乱してしまう。同様に「真紅の扉」→「薄い真紅の扉」も順番を逆にするべきだろう。
  • 2009/07/18
    「ガタ、と乱暴な音をさせ、建て付けの悪さを証明するかのように扉が閉まった」は失敗した翻訳文のようだ。これは「建て付けの悪い扉が閉まった」で良いのではないか。それにしても助動詞「ように」が多すぎる。
  • 2009/07/18
    「その真紅に興奮した闘牛のように、彼の表情がやにわに険しくなった」は意味不明。頭の「その」は何だろう? おそらく前文と合わせて「その真紅に興奮した闘牛のような扉をじっと睨んだ。彼の表情がやにわに険しくなった」ではないか。
  • 2009/07/18
    蛇は性器や性を象徴し、蛇殺し・竜殺しは去勢の意であるとも言われる。しかしこの小説では「猛蛇は去勢されたように」と、蛇そのものが去勢されてしまう。爬虫類にも交尾器はあるので、不可能ではないが、去勢という言葉は哺乳類にたいして使う方が自然だと思う。
  • 2009/07/18
    このユニークとも言える「猛蛇は去勢されたように」の数行前には「その猛蛇が生気を抜かれたように」とある。どちらか一方だけで良いのではないか。
  • 2009/07/18
    ほかにも気になる文章はいくらでも見つかるが、きりがないのでやめておく。小説『アインザッツ』は編集者による校正をうけていないように感じる。たとえば「!」と「?」の後の一字空きスペースが抜けている部分もある。これはテキストファイルならば置換ですぐに修正できる。
  • 2009/07/18
    批判ばかりも何なので、良かった部分も挙げておく。独りよがりな文体は、主人公の性格に合っていると思った。蛇、鷹のたとえは良かった。とくに蛇は、平松さんによる表紙絵でも五線譜がぐるりと体に巻きついているので、イメージ的につながる。そして、ある人物の顔を描かない挿絵にぐっときた。以上。
  • 2009/08/10
    発売日になったので、雑誌『アニメディア』を買ってきました。(ざわ… ざわ…)
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