中井久夫『治療文化論―精神医学的再構築の試み』を読む

中井久夫『治療文化論―精神医学的再構築の試み』を読みました。それぞれの文化にあるさまざまな精神病や治療法を横断的に読み解いて精神医学の再構築を考える本です。

精神科医の重鎮にこんなこと言うのもなんですが、「天然キャラのものしりおじさんが楽しい話を取りとめなく語ってくれた」って感じで、とてもおもしろかった。書きことばでありながらしゃべりことばに近い文体といい、あっちこっちに飛びまくる話題といい、たとえ話や具体例がいちいち興味深いこともあって、あっという間に読み終えてしまいました。

要約してしまうとこの本のおもしろさは半減してしまうんですけど、いちおう大筋をざっとまとめてみます。まず精神病をわけることから。

  1. 普遍症候群
  2. 文化依存症候群
  3. 個人症候群

1.普遍症候群は、ヨーロッパ的な文化依存症候群という感じ。乱暴にいえば、ヨーロッパは精神医学を体系づけたおごりがあったせいで、自分たちの病いは「普遍症候群」とするいっぽう、アフリカや東南アジアなどの病いには「文化依存症候群」とレッテルをはった。悪名高いフォン・ドマールスの原理などといっしょに語られます。

2.文化依存症候群は、名前のとおり文化に依存している病い。日本でいうと「キツネツキ」とか、アイヌの「イム」など。聖書のレビ記(20:13)やローマ人への手紙(1:26-1:27)などのように、同性愛がタブー視されるヨーロッパ文化では、自分がホモセクシュアルだと気づいたときの衝撃すなわち「同性愛ショック」などがそれにあたるそうです。

3.個人症候群は、これも名前のとおり個人的な病い。この本では天理教の中山ミキを例に挙げています。熊木徹夫『精神科医になる』では、うつ病の原因じゃないかと考えられているセロトニン不足を解消するためにSSRIという抗うつ薬を処方しても、効き目に個人差があるという話が紹介されていました。おそらくその人が見たもの聞いたもの食べたもの、個人的な人生のすべてが病いの原因なんでしょう。

以上のみっつに分類しますが、これらはそれぞれに関係しあってもいる。

三つの「症候群」は、それぞれ一つの(アスペクト)(見方)であるともいえる。同一症例を、どの相から見てもある程度は記述できるというわけだ。しかし、また、いずれによっても完全には記述できない。

この部分は、アニメの話になりますが、高畑勲の「アニメ・映画・アニメーション」を書いたわたしには大いに共感できる内容でした。

さて、こんなふうに、いろいろな精神病があるように、いろいろな治療法だってあります。

精神医学のなかだけでも、力動精神医学・正統的精神医学・科学的精神医学などがある。ほかの職業的な集団では、シャーマンや断酒会や修道院や催眠術などもある。また、狩猟者や登山家などのひとりで精神衛生をはかる技術、伝統的な中国にある大家族が病いを支えるシステム、マッサージや鍼灸や料理や占いなどのカウンセリングなどなど、広く世界を見渡せば、実にさまざまな治療法、そして「治療文化」が息づいている。

標準化・近代化・統一化されたSMOP精神医学と、哲学的・主観的に患者個人を深く掘り下げる力動精神医学は、相いれないところはあるけども、それぞれで治療のための方法(学律(ディシプリン))を突きつめ、また職業的なものもそうでないものもいっしょになって精神医学を再構築して、多様性のある「治療文化」コスモロジーを築きあげれば、病いをもつ人間の多様性をとらえることができるかもしれない。

とまあ、以上が大ざっぱな要約です。まさにタイトルの『治療文化論―精神医学的再構築の試み』どおりの内容と言えましょう。

上にも書きましたが、あっちこっちに飛びまくるおもしろい(すぐに映画化できそうな!)話がぜんぜん拾えてないのが残念なので、また別の日にあらためてこの本の感想を書くことにします。

(つづく)

もくじ

一 文化精神医学をめぐる考察―文化精神医学と文化精神医学者
二 「文化依存症候群」の問題
三 ヨーロッパの「文化依存症候群」―一つの逆説
四 「文化依存症候群」についての再考察
五 「個人症候群」という概念に向かって
1 西欧世界における「非」普遍症候群の欠如性
2 科学的「創造の病」と宗教的「創造の病」
3 宗教的「創造の病」としての中山ミキの変貌
4 現代における一例
5 「創造の病」の再検討
(1)「創造の病」(エランベルジェ) (2)卑近な一例
六 「個人症候群」概念導入の試み
1 熟知性のなかで起こる治療
2 「治療集団」的側面を持つ小集団
(1)敗戦直後の年少者集団 (2)集団の永続性・営為・構造 (3)困難への対処 (4)歴史家の職業病としてのうつ病 (5)ヒューマン・ファクター (6)少し違った他の例
七 三症候群の文化精神医学に向かって
1 深い治療と個人症候群性
2 三症候群の構造的基底
(1)病いの深さ・古さ・患者の発達と関連 (2)治療者側の問題と開眼の仕方
八 治療文化論
1 定義の試み
2 病者と非病者
3 ヤップの破断回復論再考
九 治療文化の諸形態
1 非職業的治療文化
(1)一人治療文化 (2)家庭治療文化 (3)小コミュニティ治療文化
2 職業的治療文化
(1)システムとしてのシャーマニズム (2)「内治療」集団としてのアルコ―リック・アノニマス (3)修道院とキリスト教治療 (4)メスメリズム・催眠術・フロイト
3 動力精神医学の起源を求めて
一〇 精神科治療文化の複数性
1 エランベルジェの逆理
(1)SMOPと精神科医の有徴性 (2)精神科医はSMOPに収斂しうるか (3)分裂病の不思議さ
2 精神科医と土着治療師
(1)インドネシア体験 (2)「文化依存症候群」の積極的意味
一一 患者と治療者
1 階級と周縁性
2 患者・中心指向・縁辺
3 民間治療とヒュブリス
一二 週末と新しい地平
参考文献
あとがき

4006000529

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