長谷川眞理子『クジャクの雄はなぜ美しい? 増補改訂版』を読む

長谷川眞理子『クジャクの雄はなぜ美しい? 増補改訂版』を読みました。「雌による選り好み」を中心に性淘汰を考えていく本です。たいへんおもしろかった。

かた苦しいことばを使わない、わかりやすく論理的な文章で、楽しい豆知識を盛りこみつつ、性淘汰の大きな地図を広げてくれます。仏教学の『バウッダ』と同じように、これ以上ないってぐらいの完璧な入門書。ぐいぐい惹きこまれて、深夜のジョナサンでドリンクバーのお代わりもしないまま一気に読んでしまいました。

もくじ
序章 派手な雄と目立たない雌
第1章 性差はなぜあるのか?
第2章 同性間の競争と異性による選り好み
第3章 賢い選り好み
第4章 「美的センス」による選り好み
第5章 選り好みの進化
第6章 選り好みをめぐる疑問
第7章 雌雄の対立と葛藤
第8章 性淘汰の理論をめぐる論争

カブトムシの角は、オスどうしがメスを奪い合う「雄間競争」のために使われる。立派な角をもったカブトムシは、ほかのオスを木から落としやすく、繁殖する。そしてそのこどもにも立派な角が遺伝される。

ライオンのたてがみは、魅力をアピールしてメスに選んでもらう「雌による選り好み選り好み」のために使われる。立派なたてがみをもったライオンは、ほかのオスよりメスに選ばれやすく、繁殖する。そしてそのこどもにも立派なたてがみが遺伝する。

これがくり返されるうちに、カブトムシの角とライオンのたてがみはどんどん立派になっていった。「雄間競争」と「雌による選り好み」の性淘汰が、オスとメスの外見をわけた理由だった。

じゃあ、そもそもなんで性淘汰は起こるのか?

どんな動物でも、精子は小さくて数が多く、卵は大きくて数が少ない。オスは、小さくて数が多い精子をばらまくために、たくさん交尾しようとするから、メスを奪い合って争う。メスは、大きくて数が少ない卵をつくるのにエネルギーが要るため、たくさん交尾ができないから、よりよいオスを選ぼうとする。

ここまではテレビで動物の番組を見てる人ならおなじみの内容ですね。

メスの選り好みもいろいろです。自分のからだの大きさと同じくらいのオスを好んだり、ごちそうを運んでくれるオスを好んだり、立派な家をつくってくれるオスを好むような選り好みはわかりやすい。でも、クジャクの飾り羽のような美的センスの選り好みは、繁殖に関係してるようには思えないし、利益があるようには考えられないため、よくわかりません。

そこで、あれこれ仮説が立てられます。まずは「優良遺伝子説」からふたつ。

ハンディキャップ・モデル:派手な装飾は、ジャマになって食べものが取りにくく、捕食者に見つかって食べられやすい。オスはハンディキャップをものともしないことで、生存力と環境への適応度をアピールする。

しかし、尾の長いツバメは、飛びづらいためかエサは小さい虫しか取れず、羽は傷ついて折れやすくなります。これでは、とても生存力や適応度が高いとは言えません。

パラサイト・モデル:派手な装飾は、体調がいいときれいになることから、寄生虫(パラサイト)への抵抗力が高いことを示すアピールになる。食べものから摂取するカロチノイドは、免疫力を高め、装飾の色素になる。

しかし、グッピーの装飾であるオレンジ色のスポットは、免疫力どころか、逆に有害な遺伝子で死にやすくなることがわかってきました。

そこで、ハンディキャップ・モデルとパラサイト・モデルのふたつの仮説を、『系統樹思考の世界』でいうところのアブダクション、データによって検証していき、「よりよい説明を与える」新しい仮説が立てられます。

感覚便乗モデル:繁殖とは無関係な生きていくために発達した感覚を求愛のために使った。メスが視力や聴力などの「感覚」を発達させると、オスはそれに「便乗」して、飾り羽や複雑な鳴き声を使って気を惹こうとした。

生きていくために発達した感覚から、派手な装飾やディスプレイが生まれた、とする仮説です。トゥンガラガエル、ソードフィッシュ、ジュウシマツなどの近縁・共通祖先の研究から明らかになってきました。

ジュウシマツは複雑な歌で選り好みをするんですが、その祖先のコシジロキンパラも複雑な歌を好んだそうです。コシジロキンパラはもともと単純なさえずりしかしないので、声を録音して複雑な歌に加工して、メスに聴かせたらしいですよ。おもしろい実験を考えるものです。

ランナウェイ・プロセス:メスの「派手な装飾を好む」選り好み遺伝子と、オスの「派手な装飾」の遺伝子が対になって、相乗効果でどんどん装飾が派手になっていく。生存上の負担になったところで装飾の強調はストップする。

著者はランナウェイ・プロセスのたとえとして、ビクトリア朝時代のコルセットを上げています。男性がウエストの細さで選り好みして、女性は第12肋骨が変形するほどコルセットで胴を締めつけた。わたしは中国の纏足を思い浮かべました。これはジェンダーの話ではなく、みんながある形質を好むから、その形質をもたないと不利になり、生存に悪影響が出るまで形質が誇張されていく、というたとえですね。人文科学や社会科学ではなく、あくまで自然科学のお話です。

ランナウェイ・プロセスという仮説を考えると、説明できることが増えます。

ハシリヒキガエルは声の大きさで選り好みしますが、遠くにいる声の大きいオスより、近くにいる声の小さい(でも大きく聞こえる)オスを選びます。メスが大きい声のオスを探してあちこち歩き回ると、カモメやカササギなどの捕食者に食べられやすくなってしまうことから、コストが最小になるような淘汰がはたらき、選り好みがあまり進化しなかった。

ランナウェイ・プロセスに「選り好みのコスト」と「突然変異」を加えることで、ランナウェイ・モデルは数学としても成り立つようになります。ここらへんの仮説がくつがえされて新たな仮説が出てくるあたりは、読んでいてわくわくしました。科学者たちの熱いドラマをつい妄想しながら読んでしまいます。

以上が第5章までの内容です。実はつづく第6章と第7章で、さらなるどんでん返しが待ってるんですよ。これはぜひ本書で読んでください。

以下、大ざっぱに書いておきます。

第6章は「選り好みをめぐる疑問」として、自然と生物の多様性をあらためて見直していきます。選り好みの個体差または個性、オスが「出産」するタツノオトシゴ、メスどうしの「雌間競争」、メスの派手な装飾、一夫一妻の鳥のDNA分析であきらかになった「不倫」すなわち「つがい外交尾」とその理由など。

第7章は「雌雄の対立と葛藤」として、性淘汰の考えを大きく変えた、オスとメスの根源的な利害の対立と、自然の摂理や利益を超えた非効率かつ非適応的な行動を考えていきます。昆虫のいのちがけの交尾、ほかのオスの精子をシャベル状の性器で掻き出したり、毒殺してしまう精子間競争、そしてその有害物質を解毒するメスの攻防、ほかのオスと交尾したがるメスを囲いこむための配偶者防衛、雌雄の進化的軍拡競争など。

第8章でダーウィンとウォレスの論争からふり返り、本書をまとめて終わります。

いやあ、おもしろかった。

ぬるいジェンダー論を戦わせたり、男性蔑視をいやがって女性蔑視したり、女性蔑視をいやがって男性蔑視をするような人をよく見かけます。男性蔑視をするフェミニストぶったある女性に、わたしはひどいいやがらせをされたことがあります。

この本をBOOKOFF店員のようにヤスリがけして、出てきた粉を煎じて、そんな人たちに飲ませたい。そう思いました。

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