三中信宏『系統樹思考の世界』を読む

三中信宏『系統樹思考の世界』を読みました。理系・文系の壁を超えた共通言語としての系統樹思考のあれこれを書いた本です。おもしろかった。

このところ読んでいる進化学の本をまとめるつもりで読んだんですが、それ以外の『内科医からみた動物たち』、『幽霊を捕まえようとした科学者たち』、『捏造された聖書』ともつながってしまう射程の広い内容におどろきました。これはすごいなあ。読むのにだいぶ時間がかかりましたよ。やや射程を広げすぎたせいでまとまりが悪く感じますが、こんなのはぜいたくな批判でしょうね。

グローバルな科学にはいくつかの基準があります。

1.観察可能であること
2.実験可能であること
3.反復可能であること
4.予測可能であること
5.一般化可能であること

しかし、たとえば進化学は、観察も実験も反復もできません。人類の二足歩行の理由を調べたくてもアウストラロピテクスからやり直そうってわけにはいかない。そこで、こういうローカルな科学に合った科学哲学が考えられます。「演繹」とも「帰納」ともちがう「アブダクション」です。

アブダクションはかんたんに言うと、最良の説明を発見する推論方法(チャールズ・S・パーク)。

理論の「真偽」を問うのではなく、観察データのもとでどの理論が「より良い説明」を与えてくれるのかを相互比較する――アブダクション、すなわちデータによる対立理論の相対的ランキングは、幅広い領域(歴史科学も含まれる)における理論選択の経験的基準として用いることができそうです。

アン・ギボンズ『最初のヒト』の「イースト・サイド・ストーリー」という仮説とそれをくつがえす発見、あるいは分子時計がらみの話などは、まさにアブダクションですね。『捏造された聖書』のオリジナルテキスト復元のためにいくつかの写本グループにわけてくらべて調べることもアブダクションに入るでしょう。『考古学の教室』や『「古代史」謎解きのヒント』のように与えられたわずかな遺物をもとに過去を推測しあい、それをくらべあうこともアブダクションです。

アブダクションは、思考実験であり、物語的説明であり、トークン(集合のなかの個別をあつかうもの)なので、やや説得力に欠けます。しかし天文学や進化学から明らかなように、仮説をデータで検証する体系があって、「より良い説明」を磨き上げていけるならば、アブダクションからでも普遍法則を研究することはできると語ります。

さらに、言語・写本・民族・文化・遺物など、それぞれで時間的にも空間的にも超えた共通点が比較法(系統樹)によって明らかになれば、いずれは言語の樹や写本の樹や民族の樹をひとつにまとめた「生命の樹」(the Tree of Life)をかたちづくることも夢物語ではなくなる。そう著者は語ります。いよいよ話が大きくなってきました。

けっこう盛りだくさんですが、ここまでが前半の内容です。後半からは系統樹の歴史、あれこれの作法、その利点などがトリヴィアルなネタといっしょにこってり書かれています。それは本書でお読みください。

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以下、気になったところを拾っていきます。

早田文蔵さんに関しては、著者は誤解をしているかもしれません。早田さんは森羅万象のかたちづくる網状ネットワークを踏まえた動的な自然分類を目指した。その理論のヒントを華厳経の教義から得たそうです。

ある科学理論のひらめきを与えるのは、必ずしもデータであるとは限らず、場合によっては偶然の賜物だったり、時として宗教的啓示だったりします。早田の場合も天台宗の教義が「科学する心の支え」になっていたのかもしれません。

早田さんが論文にくり返し天台宗(とくに華厳経)の教理に言及したことから、よほど心に刻み込まれた宗教的体験があったのかもしれないと著者は考えています。しかし、そもそも華厳経の教えが動的かつネットワーク的です。異質なものが集まっていて、あちこちにつながりながら、全体として調和がとれている、そういう「ホロニック・ネットワーク」が華厳のキモでしょう。

早田さんにはもしかしたら宗教的体験があったのかもしれませんが、華厳理論を知るだけでも充分にヒントを得られたはずです。天台宗の教義は「科学する心の支え」どころか、科学よりずっと先を行った理論があったわけですから。もちろん宗教的な直観とイメージで世界を捉えたものですが。

それに、華厳理論を応用した早田文蔵さんよりとんでもない巨人が日本宗教界にいます。空海は華厳理論を応用して『秘密曼荼羅十住心論』を書き上げ、日本に渡来した数多くの仏教の宗派をならべて、くらべて、つなげた系統樹思考の達人でしょう。もっと評価されてしかるべき、というか、この本に書かれてないのがふしぎなくらいだと思います。

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分類主義者や本質主義者との対立があったことがほのめかされてますが、もっと突っこんで書いてほしかった。どろどろした科学者たちの論争があったはずです。きっと、この本がことさら系統樹の大切さを説く背景には、いままで軽んじられてきた歴史があるんじゃないかと思います。

それに「種(species)はない」と「新しい形而上学」の話は、かなりぐっときたんですが、ほとんど説明されません。人はそもそも認知的に分類したがる分類主義者で、それに加えて、なんらかの本質があると思いこんでしまう本質主義者である、というのがキーなんでしょうけど、いまいちピンときません。もっと詳しく書いたものが読みたい。

系統樹をつくるときの最短距離とかアルゴリズムとか離散数学とNP完全問題のあたりは、もっとへヴィーな数学をあつかわなければいけないはずですが、ここも説明があっさりしすぎです。新書だから仕方ないかもしれませんが、これで理解&実践できる人は、よっぽどの才人じゃないかと……。

まあ、深みにはまりたいなら参考文献を読め、ってことかもしれません。

あとがきのスペシャル・サンクスで、執筆に利用した喫茶店がずらずらならべてあるのは笑いました。こんなのはじめて読みましたよ。

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