知魚楽の日々

 日記リハビリをかねて、ぶつぎりの話をいくつか。

 仕事は、ひと山越えました。週末までに越える山がひとつあって、これから先にふたつほど山が見えている感じです。まだまだ長い道のり。先日、某テレビ番組から「アニメを論じてみませんか」と出演依頼(?)があったりなんだりで、たいへん驚きました。

 アニメ『のだめカンタービレ』は最後までよかった。後ろから抱きしめるところは、わたしの希望どおり「きゃー」ってなりましたよ。お仕事としても楽しくやらせてもらいました、ありがとうございます。『電脳コイル』はアニメも面白いですけど、『ちゃお』の少女漫画バージョンがまた良いんです。お話の骨格は同じなのに、だいぶちがった印象をうけます。意外に読んでない人が多いので、おすすめ。

 先日、田無のBOOKOFFをうろうろしていたら、駄本ばっかりの映画本コーナーで、な、なんと、『世阿弥芸術論集 新潮日本古典集成 第4回』を発見。これで『花鏡』が読める! あとは『却来花』を残すのみ。

 最近は『論語』と『孔子伝』と『孔子暗黒伝』と『現代人の論語』をぐるぐる回し読んでます。なんとなく毛嫌いしていた『論語』は、これ、ふつうに面白いですね。てっきり『旧約聖書』の箴言みたいに、説教くさい文句がうだうだ書いてあるんだろうと思っていましたが、じっさいは、こころ暖まるエピソードが多いんです。とくに優れた弟子の顔回が若くして死んでしまい、孔子が泣き崩れて「ああ、天はわれを滅ぼせり!」と嘆くところは、勝手にあれこれ妄想して涙ぐむほど。顔回のキャラが良寛に似てるので、なおさら感慨深いのです。弟子の子路もいいんですよ。『ドラえもん』で言えばジャイアン、『ジョジョの奇妙な冒険』で言えば虹村億泰って感じのキャラで。ライバルの陽虎(陽貨)がらみのエピソードも小説みたいで楽しい。ああ、どうしてもっと早く読んでおかなかったんだろう。

 某同人誌に2ページの漫画を描きました。ネタは『荘子』秋水篇の最後のやつで、その筋の人が「ゲーテル的な認識論」なんて言うところを、ぐっと噛み砕いたもの。荘周と恵施はとても仲良しだったらしいので、談笑してる感じにしました。絵にするときに困ったのは、「濠水にかかる橋の上」というところで、時代的・地理的に考えて「橋の上」じゃなくて「飛び石の上」かな、と(森三樹三郎さんの解釈)。しかしまあ、2ページだとうまく間が取れなくて、急いでる印象になってしまいました。ああ、もっと漫画がうまくなりたい。

 そんなこんなで、いまは東洋思想にどっぷりつかっています。若いころはリアリストであろうとイギリス経験主義にはまり、トライ・アンド・エラーをくり返して改善しつづけることがすべてだと考えていました。しかし、誰かにとっての「改善」がわたしにとっての「改悪」であることが多くなってきて、学生のころにフランス構造主義に足をふみ入れます。ことばを使ってものごとを分けて分けて、分解して分解して、おおもとをさぐることがすべてだと考えていました。しかし、構造主義でわかることは、ものごとの構造じゃなくて、自分の頭のなかだけでした。で、けっきょく経験主義と構造主義のあいだをうろうろするのがいい按配だな、と考えるようになりました。そのいい按配の考え方を2000年以上も前に語りつくしていたのが、東洋思想だったのかもしれない、といまは考えています。

 宗教とは「翻訳の歴史」である、という暴論を考えています。いかに経典が翻訳され、改ざんされてきたか。それがどのような時代を経て、あるところは忘れ去られ、あるところは残りつづけ、いまの宗教に結びついたか。22世紀が翻訳の時代になることはほぼ明らかですから、けっこう楽しいテーマかもしれません。たとえば仏教が中国でどんな改ざんを経てきたのかは『本覚思想批判』とか『如来蔵思想批判』に詳しいのですが、でっち上げの歴史こそが宗教の屋台骨だ、という暴論です。キリスト教しかり。

 『赤毛のアン』につづいて、こんどは『アルプスの少女ハイジ』を一気に見る予定です。とりあえずは『ゼルダの伝説 夢幻の砂時計』が終わってから……。

のだめカンタービレ VOL.1 (初回限定生産) [DVD] 論語 (岩波文庫) 現代人の論語 (文春文庫) 荘子 第1冊 内篇 (岩波文庫 青 206-1)

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