日曜日に音楽スタジオで練習をしてるとき、友人のオオナギ洋平から「エロスとタナトスの日記はわかりやすかった」と言われてうれしかったのだけど、「りんたろう監督ってどんな作品つくっているの?」と訊かれてすごくショックだった。
ふつうの人はそうなんだろうけど……有名どころの作品は一通り見てるもんだと勝手に思っちゃっているのだ。それはもう、ギターがふしぎな和音を奏でたときに『Through the Hill』みたいだねと言っておたがい笑いあえるくらいの常識だと。まあ、アニメ好きのゴーマンなのだけども。
とりあえず、ビデオ店によく置いてあるもので、おすすめのりんたろう映画をふたつピックアップするから、オオナギは暇なときにでも見てみよう。初心者のためのりんたろう講座、はじまりはじまり……。
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まずは最近の作品で『メトロポリス』。これはとほうに暮れるしかない名作(ほめことば)。これを「少年の成長物語」なんてせまくるしい枠に放りこんで安心しようと思ったらおおまちがいなので注意。お次はCLAMP原作の『X』。結城信輝さんの絵が作品にぴったりで、すごくかっこいい。わたしはこれが好き。
アニメは基本的に、登場するキャラクターや舞台を「現実にあるものだと思って、そういうお約束で見てね」とお願いする。つくる側はあの手この手を使って、紙に描かれたものを現実らしく見せようとする。これは前に説明したエロスってやつね。でも、りんたろう作品はぜんぜんちがうのがミソ。りんたろう作品はお約束をやぶって、アニメがしょせんアニメでしなかいという限界を見せつけて、なおかつ突破してしまうのだ。
タナトスのところにも書いたけれど、りんたろう作品は、キャラクターや舞台が「わたしはアニメです、絵なんです」と告白しながら物語が進んでいく。物語のはじめは、まだアニメはアニメらしくお約束を守っているのだけど、中盤からひびが入ってぱりっと割れはじめる。後半にさしかかるともうアニメがアニメである限界に耐えられなくなって、がらがらと崩れはじめる。アニメが現実のモノマネをやめて、たんなる薄っぺらな絵になっていく。奥行きのない表層そのものに、ぺちゃんこにつぶされていく。ここでアニメの悲鳴が聴こえてきたら一人前だ(ほんとに聴こえたら病院に行こう、精神科に)。
それといっしょに、物語の後半になると作品のなかのキャラクターたちが傷ついたり死んだりして、舞台もビルは倒壊するわ地面は割れるわで、どっかんどっかんぶっ壊れはじめる。こちらは実際にたくさんの悲鳴が聴こえてくる(聴こえなかったら病院に行こう、耳鼻科に)。
つまり物語の後半で「アニメーションの崩壊」と「作品世界の崩壊」がいっしょにやってくる。この手法と内容がぴったり一致しているところが、りんたろう作品の面白いところなのだ。手法と内容をぴったり一致させるためには、「少年の成長物語」だとか「ハルマゲドンで戦うお話」だとか、作品をそういうせまくるしい枠に収めない。そんな豪胆なりんたろう演出を楽しもう。
これはアニメだからここまで過激にできることで、実写だとできない。だって生身の役者のからだとか舞台は現実にあるものだし、それを壊すにも限界があるから。アニメならではのものという意味でとても貴重と言える。
実写でどういうふうにやってるかを知りたかったら、神代辰巳、鈴木清順、テオ・アンゲロプロス、カール・ドライヤーの映画を見るとわかりやすいと思う。あとゴダールとかね。こっちはこっちで面白い。アニメが崩壊するんじゃなくて、ドラマとか映画のしくみが崩壊するものだけれども。
りんたろう作品は、物語を楽しんだり(オチがいいとか)、テーマを楽しんだり(青春はすばらしいとか)、キャラクターを楽しんだり(誰々がかっこいいとか)する観賞とは、ちょっとちがう。あえて言えば「アニメはなにが不可能か?」という実験に立ち会うような観賞かもしれない。まあ、とほうに暮れるしかないよね。それが面白いんだけど。ついでに言えば、高畑勲は「アニメはなにが可能か?」を実験するタイプの演出家だけども、これは別のお話。
この『メトロポリス』と『X』のふたつの作品が気に入ったら、あとは手に入るだけりんたろう作品を見ればよろしい。『銀河鉄道999』とか『幻魔大戦』はこんなふうに見れば楽しい作品だから。ちょっと毛色のちがう作品もあるにはあるけれど、りんたろう作品の多面性を楽しむのは後まわしでかまわない。
もちろん、こういう楽しみ方は、わたしの勝手にこしらえたりんたろうの地図づくりのひとつだから、またぜんぜんちがった楽しみ方を発見してほしいとも思う。発見したらぜひ教えておくれ。
あとひとつ、りんたろう作品が気に入ったら『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』も面白いと思う。この作品のキャラクターたちは、自分たちを閉じこめている世界を「革命する!」と宣言して、戦ったりなんだり、いろいろする。物語の後半はりんたろう作品と同じく、アニメーションが崩壊して、いっしょに作品世界も崩壊するのだけど、この「アニメーションの崩壊」と「作品世界の崩壊」が、キャラクターたちが目指していること、つまり「革命する!」と宣言した目標と同じものになっているのがすごい。
物語のなかでキャラクターたちが「革命する!」とがんばって、目標に到達すると同時に、作品世界が崩壊して、さらに同時にアニメーションが崩壊する。じっさいキャラクターをぺちゃんこにつぶそうとするマシーンも登場する。りんたろう演出をもうひとひねりした記念碑的な作品だと思う。
余裕があったらオオナギはぜひ見てみよう。ジブリアニメとくらべて一歩もひけをとらない、すばらしい作品なんだから。「前門の虎、後門の狼」みたいに言えば「エロスのジブリ、タナトスのりんたろう」。両極のてっぺんはそれぞれ面白いアニメであることにかわりはない。
こういう作品は、アニメが好きじゃない人たちに『ゲド戦記』みたいな叩かれ方をするけれど、でもこういうのが不評だからってつくられなくなったら、アニメーションという表現はいつか魅力を失って、なくなってしまう。ゴダールが死んだら映画が死んでしまうように。
以上、初心者のためのりんたろう講座でした。くり返しになりますが、このりんたろう講座を塗りかえて新しい講座を開いてくれる誰かにわたしは期待します。
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アニメ評論家の方々は、どうしてこういうことをもっときちんと書いて伝えようとしないんでしょうか? ふしぎでなりません。アニメが嫌いなのかな。わたしがそういう評論を読んでないだけなんだと信じたい……。
半年くらい動画の研修をやってみたらいかがでしょう。肉体的にも精神的にも経済的にもきっつい過酷すぎる労働を経験してみたら、評論家の方々はもっとアニメのことが好きになれるんじゃないかと、おせっかいながら思います。川尻善昭さんの「一コマ打ち作画」がどれだけ身を削ってつくられているものなのかが経験的にわかれば、見たときの感動もかわってくるでしょう。もちろんぜんぜん別の方法でもかまいませんが。