『劇場版 xxxHOLiC 真夏ノ夜ノ夢』を見た。ファンには申し訳ないが、わたしにとってCLAMPは鬼門なので、なるべく避けるようにしているのだけど、この作品は面白かった。水島努監督の会心の作品だと思う。
CLAMPの作品世界は「アニメ的」とか「アニメ村の表現」とか「自家中毒」とか言われるもろもろの手法で成り立っている(漫画だけど)。一言でいえば、おたく向け。XXXHOLiC - Wikipediaの解説を読んで頭がくらくらする人には向いていない。
主人公の四月一日(わたぬき)は、アヤカシを惹き寄せてしまう体質で、冒頭の街を歩いているシーンからすでに妙なものにまとわり憑かれている。ここで、一カットだけ、一般の目で主人公がどう見えているのかが描かれる。アヤカシはふつうの人には見えない。だから、なにもない空間を支えて「重い」と言う主人公を変質者としてじろじろ見ながら通り過ぎる人々がいるのだ。このカットの役割は大きい。ギャグとしても面白いこのカットは、CLAMPの作品世界がつまりどういうものなのかを端的に説明している。純粋なファン向け映画ならタブーにもなりかねない不要なカットをあえて入れることで、おたくではない観客に目配せしているところがとても良い。
これ以降は第二の主人公である「ふしぎな館」の中で物語が進むので一般の目は出てこないが、うるさい人物を急に黙らせてみたり、静かな人物を激しく動かしてみたりなど、登場人物をCLAMP的ステレオタイプに陥らないように裏切り続けているのもお見事。ふしぎな館が『ICO』や『ゼルダの伝説 風のタクト』っぽい雰囲気なのも良かった。
川尻善昭監督のテレビシリーズ『X』は、CLAMP的安易な物語展開の「運命」や「宿命」に説得力を加えていくものだった。これは水島努監督と同じ、CLAMP的なものを叩き台にする方法だろう。りんたろう監督の映画『X』は、CLAMP的うすっぺらさを隠そうともせず、はじめからあらゆるものの奥行きをなくし、解釈や深読みを拒否するかたちで、表層表現の領域へ迷いなく突っ走っている。CLAMP原作をアニメ化する場合、これ以上にふさわしい方法はない。偉大な作品である。








