ちょっとした偶然で及川光博のPVやライブ映像を見た。ざっくり評してしまうと、音楽の才能をなくしたプリンスみたいな人で、このCDのジャケットをそのまま生きている。役者の姿の方が好きだったのだが、音楽の方もだんだん楽しめるようになってきた。
たぶんかなり頭のいい人で、それだけに抱えてる闇も多いのだろうな、と思う。楽しそうに歌い踊る姿にこそ、闇がじわりとにじみ出している。そこが面白い。及川光博が及川光博であるためには、つねに及川光博より高いレベルの及川光博でなければならない(寿限無っぽいですね)。少しでもスキをみせればガタガタに崩れてしまうような、あやうい魅力にすべてをかけている。こういう風に生きるのは大変だろうな、と思う。
交遊録から及川光博→三輪明宏→寺山修司ときて、沢田竜彦に至った。沢田竜彦は「早春スケッチブック」というドラマの登場人物で、たぶん寺山修司はこんな人だったのかな、と思わせる、寺山の思想を具現化したわかりやすい寺山像と言える。その沢田のセリフにこういうのがあった。
「自分の気持ちに正直だなんてのは一番ラクな生きようよ。自慢たらしくいうことじゃねえ。ためしに、あんた、嘘で固めて生きてみろ。気が弱けりゃ強いふり、バカは頭のいいふり、鈍感は敏感のふり、嘘八百で生きてみろ。こいつは大変だぜ。正直に生きるなんてより、余程精神の鍛錬を要する。四六時中緊張してなきゃボロが出る。とても気のいい善人にゃあ、つとまらねえ」 山田太一「早春スケッチブック」より
及川光博の場合、嘘で固めて生きているというよりは、芸能人のキャラクター性を固めてメディアのなかに生きている。及川光博の住んでる部屋とか、そういう生活臭のするものを見てみたい。固まった幻想をびりびりに裂いてしまいたい。と同時に、やっぱり見たくない。幻想のなかで生きつづけてほしい(辛そうだから)。そのふたつの気持ちに揺られつつ眺める及川光博は「かさぶた」みたいな楽しさがある。