乙川優三郎『霧の橋』

 乙川優三郎『霧の橋』が読みおわった。また田無のモスバーガーですんすん泣いてしまった。

 乙川優三郎の物語、語り口にはパターンがある。主人公は、最後に越えるべき大きい山の手前で、その山に似た小さい山にぶつかる。小さい山を越えるとき、なにかに気づく。なにかを決意する。なにかをはじめる。そこでプツッと物語は終わる。

 そのなにかは大きい山を越えるときに必要なものだ。小さい山を越えるときに得たなにかがあれば、主人公はきっと大きい山も越えられるだろう。そう読者に思わせる。どんなに悲惨な終わり方であっても希望が残される。それがなんとも言えない余韻になり、胸を打つ。

 作者のくせというより生理的な気持ちよさなのだろう、短編長編いずれもこのパターンが多い。短編では短いだけに、小さい山がやや唐突に出てきたりするのだが、『霧の橋』では、物語の根幹にかかわる出来事が小さい山として設定されていて、非常に読みごたえがあった。父の仇、商人の知略戦、夫婦関係、武家と商人のちがい、などなど、たくさんの主題をさばききっているのもすごい。まるで美味しいおでんのような小説だと思った。傑作である。

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