『ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を座って見た。立ち見のときには意識しなかった音、セリフがちゃんと聴こえてよかった。ただ、輪投げの場面のザンジとゾロの口げんかはやっぱりよく聴こえず、セリフが面白いだけにもったいないな、と思った。
絵がしょぼい、手抜きだ、と言われているらしい。たしかに動画や仕上げ、撮影は荒いかもしれない。激しく動き回るカットは目立たないけど、ロングの地味な芝居は、原画や作画監督の絵を劣化させたヘロヘロな動画の線が痛々しく映る。連続した絵のなかで顔のパーツや腕の太さなども変わる。わたしは完成画面だけじゃなくて、原画や修正画なども見て知ってるだけに、よけいにそう感じたのかもしれないけれど。
ほかには、顔の口だけを合成して動かすカットで、口のセルが撮影されず、鼻の下から首まで直線が引かれている気持ち悪い顔の絵が映ってしまうなど、あんまりなところもあった。色の塗りまちがいも多い(って他人事じゃないんですけども…)。
全体をとおして、物語のテーマや描き方が混乱しているな、と思った。あと、上映時間にたいして描くべき内容が多すぎる。そのバランスの悪さがストーリーの進行に従って激しい軋みをあげるような。
中盤から終盤にかけて、描き残した内容と残り時間の関係から、描写がどんどん具体から抽象へむかうあたりが面白い。力技まるだし演出はりんたろう作品を見ているような気分だった。それでもサブ・キャラクターたちの落としどころが、チョビヒゲのポーズや「耳のよさは母ゆずり」という具体的な描写だったところが興味深い。たぶん、耳がよかったという場面は、強引だとわかった上で、むりを承知で入れたにちがいない。
この描き方の混乱は、リピーターにとってはうれしいものだろうと思う。墓場のドライフラワーとか、姿をかえる石造など、重要な意味が込められているのに、尺が短すぎて見落としがちなカットも多いので、見るたびに新しい発見があるかもしれない。
画面上の主題(炎・残骸・空洞など)がほとんど単発で終わってしまい、物語と画面がたがいに協力し合ってなにかを描き出す、映画ならではのダイナミズムがあまり感じられなかった。わたしにとっての「映画」は、ここがポイントなので残念でならない。
その点では、パイプをねじ曲げたようなリリーのデザインはとてもよかった。オマツリ島には緑は多いけど花が咲いてない。その「花の不在」を描くというむずかしいチャレンジが、闇に浮かぶ不気味なリリーの姿で昇華されたように感じた。
お茶の間海賊の子供たちが、リリーに囚われたチョッパーを助けようと奮闘する場面。チョッパーを見捨てるかたちで、子供たちを引きはがして、娘にビンタする父親の方に共感してしまった。たぶん小さいころの自分なら「がんばって、チョッパーを助けて!」と子供たちの方を応援したんだろうなー、と感慨深かった。この場面は濱州さんによる作画もすばらしい。
娘の命の恩人であるチョッパーを見殺しにしてでも、自分の子供たちを助ける父親。利己的と言えばそうだが、リーダーのふるまいとしては納得できる。でも、もし父親が最後に弓を射る場面がなかったとしたら、子供向け映画としての倫理を踏みはずしていたんじゃないだろうか。考えるとゾッとする。
いっしょに見た同居人はチョビヒゲで泣いたと言う。ぜんぜんわかってない。この映画の最大の泣きどころは「いまソリッ鼻が死んだ」のセリフである。あまりにも報われないウソップに涙。
見たのは平日の夕方、劇場はけっこう混んでいた。ほとんどが会社帰りのOL?だった。
