成瀬巳喜男『芝居道』と『晩菊』を見る

 『芝居道』は、芸を磨くとは人間を磨くことだ、みたいなお話。うじうじした女性とか、意図的にダメっぷりをアピールする男性がメインじゃない(いちおう出てくるけど)、成瀬らしからぬ作品だけど、面白い。いや、成瀬らしくないから好きなのかもしれない。わたしは増村保造的というかハワード・ホークス的というか、サバサバしていて、やるべきことをやり、自分の考えをしっかり持っていて、言いたい放題やりたい放題の結果にリスクを背負ってもいさぎよく引き受ける人たちが好きだ。成瀬作品を見ていると、うじうじ悩むことで物語を展開させられても…とか、いつも思ってしまう。

 六畳くらいの部屋に、男が四人いて、なにやら話をしている。まずカメラは男たちの間に入って、内側の切返し、そのあとカメラは部屋のすみっこに立って、男たちを外側から切返す。で、最後にポンと部屋の外から、窓越しで男たちを映す。このリズムが気持ちいい。ほわわーんと幸せな気分になったところで、ラストの怒涛のお涙ちょうだい演出でぼろぼろ泣く。

 お次の『晩菊』は、杉村春子バンザイ! という感じで、いじわるそうな、ずるそうな、抜け目なさそうな顔の杉村さんが、そのまんまの役で出てくる。それだけで、うれしい。

 しかし、モノローグで人物の内心を語らせることに、瞬間的に「ずるい」と思ってしまうのはなぜだろう。過去の出来事をフラッシュバックさせるのも同じように「あ、ずるいじゃん」とか思ってしまう。よくある手法なんだけど、なぜかやっちゃいけないような、なるべくなら避けた方がいいような気がしている。

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