twitter-log 出家とエートスと禅宗

  • 2008/07/04
    教団としての宗教はより初期であるほど出家をすすめる。仏教はおなじみでよく知られているが、イエスも頻繁に出家をすすめている(マルコ3:21, マタイ8:18,10:35,12:46, ルカ8:19,9:61,11:27,12:52,14:26)。
  • 2008/07/04
    これは前に書いたが、最古の宗教である「家」から離れないと純度の高い宗教性が発揮できないからだ。同じような理由で、ある種のシャーマンも家から離れ、丁稚奉公のように専門性を身につける。いわゆる「巫」に処女性をもとめるのも同じ根を持つと考えられる。
  • 2008/07/04
    以上は、宗教をエートスと定義した場合の話。面白いことに、この定義によると禅宗は「宗教ではない」。人為的な習慣・認識を超える、すなわちエートスの超越が禅宗の目的だからだ。
  • 2008/07/04
    京極夏彦が『鉄鼠の檻』で「禅は宗教と言えるのか?」と問いかける理由がここにある。もちろん伽藍から飛び出したラディカルな禅坊主のみがこれに当てはまる。
  • 2008/07/04
    ラディカルな禅坊主は、たとえば唐栄の純粋禅でいうと臨済、楊岐、松源、虚堂あたり。日本では大応、大燈、徹翁、言外、華叟あたりか。この流れから一休、良寛も出てくる。
  • 2008/04/01
    仏教でもとりわけ禅宗は、社会化された人間を再び自然の中に位置づける試みであるのにたいし、オタク道は社会化された人間をあえて虚構の中に位置づける試みである。

文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

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